第5話(最終話)

 あれから時が流れ、私は今、地元の役所で非正規職員として働いている。



「すみません、頼まれた仕事終わりましたので確認お願いします」

「相変わらず仕事が早いね。ありがとう」



 目を合わせてお礼を言う職員さん。


 その言葉に『いえ』と素っ気なく聞こえる返事をしつつも人知れず達成感を得る。


 雑務が主な仕事で非正規職員だから給料は低いけど、それなりにやっていける額でこの仕事が今の自分に合っていたので何だかんだで続いている。



「お疲れ! ごめんだけど、仕事頼める?」

「分かりました」

「ありがとう〜!」



 同じ非正規職員さんから仕事を引き継ぐと、早速取り掛かる。


 あの会社を辞めた後、私は心療内科に通いながら実家でゆっくり休んだ。


 そこで私は、他人と比べていかにポンコツか思い知った。



『どこに行ってもやっていけない』



 悔しいが、元上司の言葉はあながち間違っていないのかもしれない。


 そして、退社して3ヶ月後、母の知人の紹介で地元の役所で非正規職員として働くことになった。


 私は他人よりポンコツだから、この仕事に慣れるまで随分時間がかかったし、慣れた今でもたまにミスをする。


 その度に、自分のポンコツさに嫌気が差す。



「終わりました」

「早っ! ありがとう!」

「いえ、確認お願いします」

「分かった!」



 淡々と返事をして自席に戻ると深く息を吐く。


 あの会社を辞めてから、変わったことが2つある。


 1つは、来客応対と電話応対が怖くなった。


 と言っても、仕事だと割り切れば電話も取れるし、来客応対も問題なくこなせる。


 でも、終わると毎回、全力疾走した後のような心臓の早い鼓動と、利き手の僅かな震えが襲う。


 そして、もう1つは……仕事に対して何の感情も湧かなくなった。


 これは、今の仕事を始めて分かったことなのだが……ひと仕事を終えた喜びも嬉しさも楽しさも、あの会社で勤めていた時に感じていたもの感情全てが湧かなくなってしまった。


 これが『大人になった』というのなら、それは良いことなのだろう。


 それに……



「すみません、急ぎの仕事頼んでもいいですか?」

「良いですよ」

「ありがとうございます!」



 あの会社にいた時と違って、誰かに認められる存在になっているのなら今はそれで良い。

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