僕の春は苦く酸い

園山 ルベン

忘れられない君へ

 僕が女の子を見定める目はなかなか厳しいと思う。だから今まで恋人もいたことがない。


 これといった芸能人の顔が好きということはない。美人にもそれぞれ方向性があるから、一つの理想という形には言い表せない。

 目鼻立ちがくっきりしているほうがいいなど、細かいこだわりはあるけれども、芯がある女性など、一番には内面から出る美しさが好きなのだ。


 人のセンスが服装に表れるように、人格の良さはその人の醸し出す雰囲気全体に表れるだろう。

 今まで出会った中で、その雰囲気が好きだった子のうちの一人がクラスメイトにいた。



 暮らしやすい程度には発展しているが、田んぼばかりが広がりコンビニまで車で行くような田舎。その田舎の中学校での話だ。




 その子は、純朴な清楚さを持つ女の子だった。

 多感な時期の女子だ、大半の女子は多少校則を破ってでも、スカートを短くしたりカッターシャツの下に派手なティーシャツを着て、やんちゃさを演出する。でもその子は着崩すことはなく、真面目に学生をしていた。



 クラスが一緒だったのは二年生の時だけだったはず。

 その時期は、僕がやっと男子と仲良くする方法を学んだ頃だ。

 家庭が少々特殊で、同じ年代でも浮いていた。子どもにとって、ほかの子と違うのはどれほど致命的な社会的ハンディキャップかは、世間一般によく知られていることだろう。皆と違う世界で育ってきた異星人は、中学校に入学して一年間は、新しい顔との付き合い方を模索していた。――トラブルもあった。

 皆と違う価値観を、僕は頑固に突き通した。自分を守りたくて、自分という存在を失いたくなくて、片意地になっていた。


 そのうち、影響力のあるグループや中二病のグループに悪知恵を吹き込んだり、いじられ役に回ることで立ち位置を確立したのだが、それも男子の間でだけだ。女子の中には、卒業するまで距離を置いていた子がそこそこいる。

 多感な時期で、皆異性との付き合い方を探っていたため、男女の交流は珍しかった。

 僕が人付き合いが下手なのもあるだろう。


 その中でも、彼女は僕を「君」付けで呼んでくれた数少ない子だった。



 飾らない性格で、等身大で接してくれる彼女は、文化祭では図書委員会として古本を売っていたのだが、ステージから皆にお奨めとして売り込んだのは、まさかの「でんじゃらすじーさん」。


 時折見せる、不思議なところ。

 決して見栄っ張りではないが、自信を持っているところ。

 ある時期には、怪我をしたのか、手に絆創膏を貼っていたことも知っている。


 僕には、否定できない感情があったのだろう。



 二年生の頃には、僕は図書室に入り浸るようになった。ほかに遊ぶところもないし、誰かとつるむのも好きではなかった。

 読むものはといえば、コナン・ドイルの小説だったり、古い図鑑だったり、ほかの生徒が関心を持たないような本ばかりだったのは覚えている。

 やんちゃなグループと仲が良く、下ネタで盛り上がる先生がいて、そのグループと先生が会合を開くのも図書室だった。はたで聞いていて、どぎつい下ネタについ吹き出してしまうこともあった。


 そして、彼女は図書委員会委員長になっていた。

 僕は彼女が図書委員会と意識せずに図書室にいたから、図書室通いは彼女目当てでないということは釈明しておく。

 でも委員長が当番の日にはうきうきしていた。


 春が来て、三年生になっても、僕は図書室通い。

 そして、責任も増えた。修学旅行の実行委員だ。

 実績として、お小遣いの額を過去最高額まで引き上げてやった。

 後は旅のしおりを作ったり、そのほかは――、覚えていない。


 記憶力がとんと悪いのだ。

 修学旅行先で色々なところに行ったはずだが、半分以上は記憶ではない。記録だ。映像として頭には残っていない。



 でも、忘れられない春の一日がある。


 いつものように図書室で本を読んでいた時、委員長が話しかけてきた。


「休憩が終わったら図書室の鍵を閉めてくれる?」


 何か席を外す用があったようで、特に断る理由もなく、鍵を預かった。



 この時の約束が忘れられないのだ。

 思い出すと震えてくる。



 しばらくして、男子が図書室に飛び込んでくる。

 僕を探していた。


「おい、実行委員会!」


 しくじった。予定がすっぽ抜けていた。


 鍵を別の男子に託したが、そいつは嫌そうな顔をするし、答えとしても図書室を閉めるつもりはなさそうだった。


 でも僕には責任がある。



 急いで実行委員が集まる美術室に行き、少しでも話が早く終わるように祈った。約束を果たしたかった。

 でも先に、チャイムが鳴った。


 会議が終わり、皆が掃除をする中、図書室を見に行った。閉まっていた。


 あいつは鍵を閉めるのを断っていた。

 多分、委員長が自分で閉めたのだと思う。



 悔しいというよりも、怖かった。

 あの子から信頼してもらったから、鍵を預かった。

 その信頼を損なった。

 約束を守れない奴と思って欲しくなかった。

 でも、約束を守れなかった。

 自分が嫌になった。

 なぜ大事な用を忘れ、図書室で時間を潰していたのか。

 自分を許せなかった。呪った。



 もしかしたら彼女にとっては、とても些細なことなのかもしれない。

 でも、僕にとっては大事件だった。



 現に、今でもこの些細な大事件を忘れられない。



 謝ることができれば、ここまで気に病むこともなかったと思う。でも片意地な僕は、卒業しても何も言えなかった。

 高校を卒業し、家庭の都合で引っ越すことになった時も、同窓会にも連絡を入れずに故郷を離れた。

 僕は人付き合いが下手だ。

 それがもとで、彼女と再会する機会も失った。


 今どこで何をしているか、僕も彼女のことを知らなければ、彼女も僕のことを知らないだろう。



 あの日の約束を果たせなかったことは、まだ胸の奥につかえている。


 そして、忘れっぽい僕の記憶に鮮烈に残るほどに、彼女は僕の心を動かしていたのだろう。




 ――忘れられない君へ、懺悔として捧ぐ。

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