抜かれた毒牙:アルケニー・プロファイル9【カクヨム版】

釣ール

産まれ持った牙を捨てるわけにはいかない

 エサはいつも与えられてばかり。

 欲しいとも思っていない。

 八本の足があるだけまだ運がいい。


 天敵である人間の理解できないだけの美しさによって同じ卵から産まれたキョウダイ達は人間たちの好みによってどれも共に獲物を探したくなるきっかけの食欲をなくす姿ばかりだった。


 共食いをする必要もない。

 だが自分で生きていくことはもう不可能。


 この前つかまった毛が生えそろった牙と運動神経の良い糸の張り方を持つクモが現れた。

 そのクモがこちらに近づいてきた。

 しかし不思議なほど怖くなかった。


「へえ。

 人間に飼い慣らされてるのにずいぶんとたくましいな。

 いや、俺を誰か分かってないのか?」


 ああ。

 分からない。


 みな似たようで違う形のキョウダイだがこのクモだけは外で生きてきたことは分かる。


「うわさに聞いていたディストピアか。

 人間の間だけやってくれ…と言いたいがそれで俺たちは利用されているわけだからな。」


「話が早い。

 それも外で生きてきたから?」


 産まれて初めて質問をしたと思う。

 そっか。

 キョウダイ達に囲まれてエサを与えられている生き方が当たり前だったから全く別のクモを見てもっと彼の話を聞きたくなったのだ。


 自分たちには人間の大人一人を殺せる毒を持つらしい。


 牙は自分より少し大きいエサの腹を突き破るほどの威力もあるとも聞いた。


 普通じゃない。

 それなのにずっと彼の話を聞いていたい。


 死を覚悟した外の彼と、大切に育てられたと思い込まされる生活を送ってきた自分。


 今、共通している気持ちは死に方が選べないことだけだった。


 彼は自分たちが送る生活に思いのほか興味を持ってくれた。

 獲物でも同族でもないと思われているからだろうけれど。


 残り少ない時間を違う世界の存在同士、互いの境遇を話し続けることにした。


 最後まで聞いて自分は思う。

 一匹くらい獲物を糸で巻いて牙を突き立てたかったと。


 それは全て生きる為の避けられない行動でもあったから。


 この箱庭で何不自由なく暮らしていてもいつ天敵である人間に捨てられるか分からない。


 彼の話を聞いて自分だけが八つの目から水が流れた。

 どうやら天敵の暮らしに慣れすぎたのかもしれない。


 この後のことは誰も考えない。

 わざと。

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