彼女はつかれていた

葛瀬 秋奈

彼女はつかれていた

 幼馴染の悦子から珍しく連絡があって、何かと思えば住宅の内見を手伝ってほしいとのことだった。


『一人だと怖いから誰かについてきてほしいんだけど、予定の空いてる人がなかなかいないんだよね』

「ということは、えっちゃんもついに家を出て一人暮らしをする決心をしたわけだ」

『うん。まあ、この町も色々あって暮らしにくくなっちゃったからね』


 電話越しの声が少し重くなる。あまり触れたくない話題なのだろう。

 私が高校卒業まで住み悦子と共に幼少期を過ごした町は、数年前に起きた連続人体発火事件の影響で人がどんどん離れつつあると聞いた。ニュースにもなっていたので隣県に住む私の耳にも入ってきたのだ。


「まあ、町そのものが事故物件みたいなところに住みたがる人もあんまりいないよな。いっそのこと家族全員で引っ越せばいいのに」

『私もそう言ったんだけど、お父さんが嫌がったんだよね。もう大人なんだから悦子は一人で住みたい家に住めばいいだろって』

「それで内見も一人でしろと?」


 私は思わずこめかみを押さえてしまった。親御さんの言い分は理解できるし娘の将来を心配はしているのだろうが、心配するなら初めての住宅探しぐらいついててやれよと思ってしまう。若い娘を食い物にしようとする不動産屋なぞいくらでもいるのだし、実際事件も起きてるし。


『いや、最初はつき合ってくれてたんだけど、さすがにもう無理だって』

「え、もう何度か行ってるの?」

『今週末で6回目の内見ツアーだよ。でも毎回変なことが起きて契約に進まないんだよね。前回なんか住宅街の中にいたはずなのにいつの間にか山の中だったし』

「不動産屋がタヌキだったんじゃないの?」

『なら買わせる方向で化かすでしょ』

「確かに」

『まあ次は別の不動産屋だし』


 言ってることはギャグみたいだが本人は大真面目なようだった。あんまり可哀想だったし私もたまたま週末に予定がなかったので引き受ける方向で話をまとめ、その日は終わった。


 そして当日。待ち合わせ場所で久しぶりに会った悦子はなんだか少し疲れているようで、目には隈ができているし肌は荒れていた。私は心配だったがあえて見ないふりをした。


「自分で頼んでおいてなんだけど、あんな話聞いてよく引き受けてくれたよね」

「まあ、暇だったし。付き添いとして一緒に見て回るだけでいいんでしょ」

「そういう大雑把なところ好きよ」


 その後、不動産屋と合流して最初の物件でいきなりおかしなことが起きた。


 3人で列になって廊下を歩いていると最後尾の私の後ろから足音が聞こえてくるのだ。もちろん、振り返っても誰もいない。前の二人はまったく気にしていないようなので悦子に耳打ちすると、やはり足音には気づいていなかった。


 2件目は、間取りのおかしな部屋だった。外から見たときと中から見たときとで窓の数が合わないという古典的なやつだ。図面をみると隣の部屋との間に人が一人でやっと通れるぐらいのスペースが空いてるようだ。しかし隠し扉などは見つからない。不動産屋に尋ねてみたら今初めて気付いたような顔をしていた。


 3件目は窓のたてつけが悪く隙間から風が吹き込んでくるうえにその窓の真下が墓地だった。どちらか片方ならまだしも組み合わせが最悪だ。


 4件目はリビングの端に霜が降りていた。カビでもキノコでもない。霜だ。気温が低いわけでもない。木目の床に霜が輝いていた。意味がわからなかった。


 そんな感じで回った物件全て様子がおかしかったにも関わらず、不動産屋は終始にこやかにしていたのが一番不気味だった。4件目を見終えた時点で悦子はずいぶん迷っていたようだったが、結局その日は保留にして解散になった。しかし後日改めて呼び出されて再び会いに行ってみると、一番最初の足音の部屋に決めたと報告された。


「ちなみに理由は?」

「害がなさそうだったから。それに幽霊がいるならあの子も寂しくないかなって」

「…………一人暮らしなんだよね?」

「言ってなかったっけ。例の人体発火事件の犠牲者だったんだよ、うちの弟」


 ほの暗く微笑む悦子の顔を見て、彼女が疲れている本当の理由がやっとわかった気がした。



(了)

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