エピローグ/ガールズオーダー
平日の昼下がりということもあり、店内はあまり混んでいなかった。
店内の奥、壁際の二人席に男女が向かい合って座っている。
テーブルにはブラックコーヒーとホイップの乗ったコーヒーが置かれているだけで、他に軽食などは注文していないようだ。
男の方はタブレットでネットニュースから「失踪していた人気配信者の真実」等というゴシップ的な動画を見つつ、向かいの女は店内の迷惑にならないようにと声を抑えて誰かと電話をしている。
「そういうわけで、長年待ってもらっていてごめんなさい。多分連絡だけならそっちに行ってると思うんだけど」
『あぁ連絡なら掃除屋たちからな、今朝来たさ。骨は要らねぇつっちまったけどよかったか?』
「えぇ。あの子も何も遺したくないだろうし……特に私には見られたくないだろうから。大丈夫」
『そうか』
黒い服に身を包んだ女、アリスはふと視線を上げて向かいの男、トウマを一瞥する。
視線を向けられたトウマはというと、ひらひらと手を振るだけで彼の視線はタブレットから離れることはなかった。
今度こそ嘘偽りなくこの世からいなくなった妹のことを確認するも、その答えは「どうでもいい」というものだ。
今まであまり気にしたことはなかったが、言われてみればトウマとリリィの仲はさも典型的な兄妹らしく、仲が良いと手放しに言えるものではなかった気がする。
となると、三人の中でなんだかんだ一番馬が合っていたのはアリスとトウマの二人だけだったということだ。
『まぁ、血の繋がってる兄弟ですら縁を切る程嫌い合ってる奴もいんだ。仲良くあるべきなんて一概には言えねぇ、あんま気にすんなよ』
アリスは何も口に出していないが、電話の相手はさも彼女の胸の内をわかり切っているかのような言葉を告げる。
それに対してアリスは、相変わらずエスパーだな……と苦笑した。
「そうね。でも、出来れば死ぬまで仲良くしていたかったわ」
『そりゃそれが出来んなら一番だ。そうあれと願ってお前たちにお守り渡してんだからなあ』
「ありがとう、ボス。またしばらくしたら顔出しに行くわ」
『おぉいつでも帰ってこい。隠居した老いぼれは暇でしょうがねえんだからよ』
それじゃあ元気でねと、誰もが口にする別れの言葉を告げてアリスは電話を切る。
「親父また隠居だとか言ってたろ。リリィの嘘吐きなとこ絶対ぇアイツからだよな」
「否定は出来ないわね、仕事しながら何言ってんだかって感じするし。でも暇なのは確かなはずよ」
「仕事がどれもすぐに片が付くからいつも暇なんだろ? アイツ舐めすぎだぜ人殺し業」
「尊ぶべき職業でもないからそれくらいでいいんじゃない?」
アリスがコーヒーに口をつけながらそう言い捨てると、トウマはヒヒヒと口角を上げて笑った。
店内の客の数は少なく、レポート作りに勤しむ大学生や仕事の息抜きがてら書類の確認をするサラリーマンなどがポツポツいる程度。
しかし、どれだけ席が空いていようともアリスたちの座る席の付近には誰も座ろうとしなかった。
険悪な雰囲気もなくどちらかといえば和やかに言葉を交わしているだけなのだが、それでもアリスたちにはどこか近寄りがたいオーラのようなものがある。
店内に溶け込めていない原因は絶対にコイツのせいだとアリスは目の前の兄を睨み、妹からの鋭い視線を受けても俺のせいじゃないもんとトウマは素知らぬふりだ。
「まあまあとりあえず、一段落ごくろーさん。三年も先延ばしにしやがって、なんか大ごとでも起きてたらことだったぜ?」
「それは悪かったわよ、本当に。もう未練もないから安心して」
「たりめーだ、あのガキのお守してるだけでもどうかしてると思ってたけどよ。マジで」
「……そんなにあの子のことが嫌い? 三人目の正体があの子だったってわからなかっただけでしょう?」
「だから気に入らねーつってんだ! あの野郎のらりくらりと隠れ潜みやがって……」
これでも飲んで落ち着きなさいとアリスがコーヒーを勧めると、トウマはホイップがたっぷり乗ったカフェラテを一気に飲み干した。
口の周りについたホイップを指で掬い取り、最後のひと舐めまでしっかりと甘味を味わっている。
「契約も終わったことだしもうあの子のことは終わり。それに私、しばらくは仕事を休もうと思ってるし」
「おーおー働けよサボるな世の為に~……と言いたいところだが、別荘何件建てんだよってレベルで稼ぎ過ぎだからな。少しは俺に分け与えて残った金で羽根を存分に伸ばしてこい。そして金欠になったらまた馬車馬になれ」
「慎ましく静かに暮らします」
何を言っているんだとトウマに呆れるが、いつものことなのでまともに取り合ってはいなかった。
実際、彼は肩を竦めて舌を出して笑っている。
お気楽なものだと思うと同時に、その性格を昔から羨ましいと思っているのも事実だ。
きっとトウマのような人間の方が生きやすいんだろうなとアリスは思い、トウマもそうだぞもっと適当に生きろと言うところまでがお約束のくだりとなっている。
リリィの件に片が付いたということで、アリスはトウマと合流しボスにも電話の報告を済ませた。
これで保留にしていたことは無くなり、正真正銘の自由をアリスは手に入れる。
とはいえ今回は帰国早々なかなかハードな一件だったこともあり、しばらくは落ち着きたいというのが正直なところだった。
トウマの言う通り、この三年間自棄になって引き受け続けた仕事のおかげで十分な蓄えはある。
都心を離れて、気が済むまで一般人に戻ろうかとアリスは昨晩から考えていた。
「俺は別にどうでもいいが、緊急の依頼とか来たら迷わずお前に飛ばすからな。遠慮せずに」
「わかってるわよ、今回の借りもあるしそれくらいは引き受けるわ」
「ならお兄ちゃんから言うことはない」
「はいはい」
それでは話すべきことも終えたし、これでお開きかと思った時だった。
ふと楽し気な女性の声が耳につく。
特段変わったことのない、少し声が通るだけの女性の声にたまたま耳が向いてしまった。
「昨日の晩上げてた新作のネイル、本当にかわいかった~! アレ来月の新作ですか?」
「そーだよ~。いっぱい宣伝してねって偉い人から頼まれちゃったからね、これからも色んな色試してみるから写真とか上げるんだ~」
「わ~~~楽しみ! ノノちゃんのオススメするコスメいつも可愛いからつい揃えちゃうんだよね」
「わかる! それにノノちゃんとお揃いっていうのも嬉しいし!」
「ホント? そんなこと言われちゃったらボク頑張っちゃう!」
「おい、アリス。お前アレなんだ」
女性達の会話がトウマの耳にも入ったのか、額に手を当てて項垂れるアリスにクレームを浴びせる。
せっかく聞き間違いであってくれと願っていたのに……とアリスは心の中で兄へ八つ当たりをした。
「あっれ~? そこのオネーさん、めっちゃボクのタイプ! ねえねえこの後時間空いてる?」
「おいテメェ、ガキ。誰の妹に気安く声掛けてんだ、どっか行け」
「は? 誰ですかオニーさん、どっかでお会いしましたっけ? ボクはこのオネーさんにナンパしてるだけなんですけど?」
セーラー服を来た少女は何故かまっすぐアリスの下へやって来て声をかけてきた。
誰もが目を引く華やかさを持つ可愛らしい少女は、何故だか成人女性をナンパしている。
「ね~オネーさん、よかったら連絡先とか交換しませんか~? もちろんプライベートの番号の方で!」
「……生憎だけど、偶然じゃないんだとしたらどうやってここに辿り着いたのかしら? あなたの最寄りから一時間はかかる場所よ、ここ」
「えぇ~? そんなのはほら、アレっきゃないでしょ!」
「……アレ、とは?」
「んも~~~オネーさんもわかってるくせにぃ~~~! 愛の力でしょ、愛。もしくは運命!? だあってボクたまたまここのお店の前を通りかかって、たまたま好みなオネーさんを見かけて、ついでに新作のフラペも出てたから入っただけだしぃ~?」
「店の一番奥に座る私たちを、たまたま、店の前を通りかかった際に目に入った、と?」
「うん! たまたまね!」
白々しい……とアリスが無遠慮に少女を睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風といった感じだ。
妙に懐いていたのはその場だけかと思っていたのに、まさかそこまで気に入られてしまうとは……一体何が原因だろうと、頭を手で押さえたまま考えを巡らせる。
そんないつまでも視線を上げないアリスを下から覗き込むように、少女、姫崎乃々はしゃがみこんでローテーブルに両手と自分の顎を載せた。
そうしてアリスと目が合うと、姫崎はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
アリスは向かいのトウマの不機嫌さを肌で感じながらも、やっぱりこの子は人に強請るのが上手い子だと過去の自分の言葉を反芻した。
潤んだ大きな瞳は上目遣いでこちらをじっと見つめ、口角を上げているのがマスクに隠れてもわかる。
そうしてアリスの聞き飽きた言葉が紡がれた。
「ね、オネーさん。ボクのお願い聞いてくれない?」
ガールズオーダー 是人 @core221
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