第11話 山ほど薔薇背負って(物理)はわりと重たい(物理)んですがなにか?

 さてさて。


 いくら春とはいえいつまでも玄関先でそのままというわけにもいかないので。


 しかも昼過ぎになって、いくらか気温も下がって来ていたし。


 もう少し季節が進んでいて暖かなら花の盛りの庭園で優雅にティータイムも乙だけど、さすがに肌寒いので、普通に応接室でお茶をお出しして。


 だけど。


「ヴィクトール殿下……その花、どうしたんですか?」


 玄関先での『てえてえ』じゃれあいの後だからなのか、お兄さまもすっかり言葉が砕けてる。


「あ、これか? いや、急な訪問だし、何か土産でも、と思ってな」


 あの後、侍従さんだけでなく騎士の皆さんも手伝って馬車から下ろしてきたのは……山のような薔薇の花束、というか、花かご


 それが今はヴィクトール殿下の背後に積み上げられている。


 まさに、薔薇背負ってる(物理)。


「この季節にこれだけの薔薇は珍しいな、と思ってな。ミレーネ嬢にどうかな、と」


「あ、はい。素敵な薔薇、デスネ」


 つい語尾がカタカナになってしまう。

 

 いや、綺麗だし、珍しいのは、分かる。


 結婚したばかり頃からお父さまは、薔薇が好きなお母さまのために、季節に問わず色とりどりの薔薇が楽しめるようにと、領内で薔薇の品種改良研究を奨励したのだ。


 その後、次々と新しい品種が開発され、市場に出回るようになった。

 

 さすがに生花の販売は領内にとどまっているけれど、苗は王都や周辺領地の貴族・商人などの愛好家がこぞって購入している。


 次々開発される新しい品種も惜しまず店頭に並べるが、生花は領内でしか購入できない。


 なので顧客は定期的に苗を求めてくる。


 生花に比べて苗の販売は数量を限定しているので価格も高めになるが、限定だからこそ手に入れたいと思うのが愛好家だ。


 実物を見ればなおさら欲しくなる。


 薔薇は刺し木や接ぎ木で増やすことが可能だけど、花を楽しめるようになるには数年かかるし、技術も必要だ。


 その間に新しい品種が出回るから、早く花を楽しみたい愛好家は、苗を購入した方が早い。


 そんなわけで、薔薇の苗は我が領地の特産物となり、結果、薔薇の生花はいつでも手に入る。


 さすがに今の時期は相場が上がるけど、王都や他の領地に比べたら手頃なお値段だ……けど。


 こんなに、大量の薔薇の生花……ざっと見積もって金貨1枚は使ってる。


 金貨1枚あれば庶民なら1年生活に困らないと言われている。

 

 舞踏会の夜会服を誂えるのに最低でも金貨2枚必要だし。


 それに比べたら安いかもしれないけど、いや、でもっ!


 ほいほい使っていい額じゃないっ!


 しかも、肌寒いから庭に行かなかったけれど、その寒さにも関わらず、早々と咲き始めた大量の薔薇が植わっている。


 ちょっと足を伸ばして研究所の薔薇専用温室に行けば、満開の薔薇がいくらでも楽しめるし、生花も手に入る。


「……あ、綺麗だな、と思ってつい買ってしまったんだが……貴領の特産物だったな、そういえば」


 部屋に飾られた花瓶に目をやり、はたと気付いて、気まずそうに弁解するヴィクトール殿下。


 花瓶に生けられた色とりどりの薔薇は、花籠の薔薇とだいぶ品種も被っている。


「しかも、こんなに……逆に迷惑だったな」


「いえ、思わず買ってしまうほど、お気に召されたのならば、嬉しいです」


 たしかに、気に入ったからって物には限度がある。


 こんな大量の薔薇、ロマンチック通り越して、圧力だよね。


 背中に薔薇背負うのは、あくまでも美的表現であって、現実に、しかも生花でそれやられたら、感動通り越して唖然とするしかない。


 でも、その気持ちは本当に嬉しかったので、あと、ちょっとシュンとした殿下が少し気の毒で、つい慰めるように答えてしまった。


「ありがとう。優しいな、ミレーネ嬢は」


 うわっ、気恥ずかしそうにはにかむ笑顔っ!

 

 俺様系イケメンにそれをされると、ギャップで心臓に悪いっ!


「色々な種類があって目移りして、つい沢山買ってしまったが……ミレーネ嬢には、こちらが似合いそうだな」


 そう言って花籠から一輪、そっと引き抜いたのは、やや小ぶりな紫の薔薇。


 花芯は深い紅で花弁の先端に向かって濃い紫に変わるグラデーションが何とも艶やかな、八重咲き薔薇。


「ラ・ミレーネ、ですね」


 お兄さまが呟く。


 ああっ、もうっ! 

 

 それ言っちゃダメっ!


 もう、そんな風に誇らしげに私を見ないでっ!


 もぉ、お兄さまったらっ!




「ミレーネ……? あなたの名前が?」


 ヴィクトール殿下にそう問われて、お兄さまが目配せするから、仕方なく私が答えた。


「はい。開発した研究員の母親が外国の方で、そちらの国では女性の名前に『ラ』を冠して称えるらしくて。そんな風に言われると恥ずかしいですが、私の瞳から連想して開発したから、と」


「なるほど。確かに君の瞳を思わせる、美しい色だな」


 そう言って意味ありげに薔薇の花弁に唇寄せて色っぽく微笑むの、やめてもらっていいですかっ!


 必死で冷静に対応してるけど、ずっと心臓バクバクしてるんだからっ!


 妹が誉められて嬉しそうなお兄さまの照れ笑いまで加わって、眺めていたいけど挟まれて、マジつらいっ!






 


 



  


 

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転生した悪役令嬢ですが推しが尊すぎるので領地に引きこもります~追放されついでに最推しとひっそり暮らしたいのに非攻略対象のスパダリキャラに熱烈アプローチされてます~ 清見こうじ @nikoutako

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