1000回見れる自動生成住宅
暁太郎
不思議の築25年一戸建て
住宅の内見にかこつけた除霊、というのは実のところ珍しい話ではない。
買い手がどうしても住みたい家があったとする。しかし、そこには心霊的な「ワケあり」があり、業者側も告知義務で詳らかに説明しないといけないため、売るに売れない。
そこで、除霊師の出番である。業者は除霊を前提に客と売買契約を結び、除霊と内見を兼ねて除霊師と共に物件に向かう。
客は家の悪霊が除霊する様を見届けて安心を得られるし、業者も扱いに困っていた物件を処理できる。ついでに除霊師も儲かる。色んな意味で三方良しである。
内見除霊は不動産売却が関わるので実入りも大きい――除霊師になって5年経ち、そろそろ仕事に手慣れてきた夏吉にとっては貴重な収入源の一つだった。
だが、夏吉がその物件の依頼を聞いた時は報酬以上に案件に対する興味を隠しきれなかった。なんでも業界で一流の除霊師が除霊を諦めた物件、というではないか。
悪霊に負けて再起不能になった、とかではなく「諦めた」という所に夏吉は関心を持った。単純な力押しではなく、何か複雑な状況により除霊が不可能になった、という事であるからだ。
「名うての除霊師でも手を上げたような家を祓えりゃ……」
自分の業界内での評価もうなぎ登りに違いない。
皮算用と言われようが、夏吉は成功した自分を想像せずにはいられなかった。
※
目的の場所は郊外にある山の麓にあった。
築25年の一戸建て。だが外見はかなり小綺麗で年季を感じさせない。パッと見はかなりの良物件に思える。
「ああ、夏吉さん来られましたか!」
家の前で恰幅の良い中年が破顔して手を振る。今回の依頼人である中野だ。隣のパリッとした出立ちをした男、仲介業者の有田が続けて会釈し、説明を始めた。
「夏吉さんにはいつも通り、依頼人である中野様と内見に赴いていただきます。依頼人の身の安全を確保しつつ、除霊をしっかりと見届けていただく。選りすぐりの除霊師にしか出来ない仕事です」
有田の言葉で夏吉のモチベーションが俄然上がった。お世辞だろうが褒められて悪い気はしない。
「ですが」
一転、有田の雰囲気が変わった。鋭い視線を夏吉に向けて、念押しするようにこう言った。
「決して、お辞めになりませんよう……」
有田の様子とは裏腹に、中野はおもちゃのショーケースを前にした子供のように中に入りたくてウズウズしている様子だった。
いくら護衛がついているといっても、内見には危険が伴う。ここまでハシャげるものだろうか……?
夏吉は内心首を傾げたが、その疑問はすぐに解ける事になる。
※
「駄目です! これはまるで駄目! やり直しましすよ夏吉さん!」
中野が家に入るなり思い切り頭を振って拒絶の意を示す。
中野の宣言に、夏吉は頭が一瞬真っ白になり、膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えた。
二人が立つ玄関からすぐ先には螺旋階段があり、それははるか頭上の、夜空のように広く深い闇にまで延々と続いていた。
明らかに家の中に収まるはずのないスケール感だが、もう夏吉には慣れた光景だった。
「何故なんだ……これ以上になく十分な広さだろ!? ホラ、天井とか見えないよもうコレ!」
「違うのです! これは広いのではなく殺風景なだけです。上に伸びてるだけで家具を置くスペースはそんなに無いじゃないですか。何より、上に行く手段が螺旋階段なのが気に食わない。エレベーターがないじゃないか!」
内見開始から86日目。家に入った回数は400を超えてから先は数えていない。
あれから夏吉は帰宅する事なく、この家とホテルを往復する日々だった。
初めて家に入った時、中野はこう言った。
「所謂……自動生成ダンジョンというものですな!」
悪霊の影響なのか、この家の内部は次元が安定していない。入る度に内装が変化し、その広さすら一定ではない。外見と内部の広さが一致してないなんてザラにある。
住む住まない以前の問題なのだが、なんと中野はこの現象を逆手に取ろうとした。
「まず広さ! 次に内装です。私が気に入る構成になるまで、何度でも入り直します。そして、貴方は悪霊を払うのではなくその場で封印して欲しいのです。そうすれば、私が内部は選んだ状態のままになるでしょう。何より、祓ったら家が自動生成ではなくなりますからね!」
そして中野と夏吉は何度も何度も何度もこの家の出入りを繰り返している。
一流の除霊師たちが根を上げる理由がわかった。みんな中野のワガママっぷりに心が折れてしまったのだ。
正直、夏吉も手を引きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、ここで退くのは除霊師としてのプライドが許さない。
次だ次で終わる。
そう祈り続け、そして内見開始から256日目……。
「こ、これだあああああ! この広さ、機能美!素晴らしい! 夏吉さん、随分待たせてしまいましたね、さぁでは悪霊をふ」
中野の言葉を聞き終わる前に夏吉は一目散に悪霊の気配へと向かった。そこから先はよく覚えていない。奇声を発しながら悪霊を封じたのは覚えてる。なんか悪霊の方がビビってた気がする。
ともかく、依頼は達成された。
夏吉は充実感と共に久方ぶりの我が家へと帰還した。何日も付き合わされた分、報酬もたんまりと貰った。
夏吉はシャワーを浴び、買ってきたビールで一人祝杯をあげようとする。
浴びるようにビールを飲もうとした、その直前、スマホの着信音が鳴った。
反射的に夏吉は電話に出る。相手は嫌というほど聞き慣れてしまった声だった。
「夏吉さん……」
中野は神妙な声音で語りかけてきた。
「ど、どうしたんだ?」
「あの家は最高です。私が思う理想を全て詰め込んだ内装だ。本当に感謝しています」
「あ、ああ、それは良かった」
「ですが駄目なのです!」
「え?」
駄目。その単語を聞くと、夏吉は鳥肌が立つようになってしまった。震える声で夏吉は問い返す。
「な……何が…?」
「部屋がデカすぎて暖房が効かんのです!!」
泡を吹いて倒れた。内見ダンジョンは何回だって挑戦できる。できてたまるか。
1000回見れる自動生成住宅 暁太郎 @gyotaro
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