第5話 尻尾を持つ怪獣

 ああ、休みたい。学校も家も休めたことはない。

 学校では勉強して殴られ、家でも勉強して殴られ

 それで喧嘩が強くなったり、頭が良くなるなら別だが……そうではないのだ。

 ノートすら録に書けないし、黒板の文字を写すなんてのは俺には苦痛でしかなかったし、何より殴らるのか不安な恐怖の隣で授業を受けること等到底無理だった。

 夢という物はもう忘れたはずの恐怖がそのまま甦ってくる。

 失敗しか出来ないのに失敗したら終わりという感覚に蝕まれるのはここから始まったのだ。

 恐怖は夢から覚めれば消えるがこの感覚はずっと残る。

 悪夢に付き合いながら寝ていると、現実で起きて起きてという声と顔を叩かれることによって起こされる。

 声の主はキナさんだ。

 

 「起きて!起きて!大きい化け物が!」

 「ああ、えーと……」


 頭が働かない。えーとどうすればと身体が完全に止まっている。

 キナさんは叫ぶ。


「早く!」


 キナさんは俺の腕を掴み、走る。

 そしてドアを開き、外へ出る。

 外を出ると。


「ギャオオオオオオン!」


 怪獣現れていた。

 俺は鳴き声で目が覚めた。

 まだ洋館からはまだ遠いが、確実にこっちへ向かって来てる。

 俺は今すぐ変身しようとするが。


「ちょっと待って!」


 マチさんが、止める。

 そしてこう言う。


「周りを見てください!ここで変身したらどうなるかわかってるんですか?」

「ああ、まぁはい」


 俺は周りを見渡すと、人が洋館に避難し、確かに危険な状況だった。


「それだけじゃないでしょ!隣にキナがいるのよ!もっと考えて行動して!」


 ああ、そうか。


「というか寝ぼけてません?」


 うんごめん。


「謝る前に早く!」


 マチさんの言葉の通り怪獣に向かう。


「丸間君!歩くんじゃない!走って!」


 キナさんの指摘に従い走る。

 なんというかこういうのばっかだな俺。

 子供に注意されるって相当じゃないか?

 そんなこと考えていると、怪獣に近づいてきた。

 そろそろかな……えーとあ、手に緑の宝石が付いた銀のナイフの取っ手みたいなY字型のアレ持ってた。

 これ正式名称なんなの?

 俺はこのアイテムを天に掲げ、変身する。

 また目の前が真っ白に包まれ、巨大化する。

 

「……よし!」

 

 自分の頬っぺたを叩き、気合を入れる。

 怪獣は物怖じせずこっちに向かってくる。

 こ、こっちもなんかしなきゃ……。

 2回目の戦いだが、初めてと変わらず緊張する。

 というか何やればいいんだ?

 タックルか?でも前も大して、効果無かった気がする。

 パンチか?キックか?

 その時!

 怪獣が大きく尻尾を振り回した!

 変なこと考えていたら俺は尻尾に足を掬われた!

 頭を強打してとても痛い!というかこの状態痛覚あんのかよ!?


「ギャオオオオオオン!」

 

 口を大きく開け、怪獣がこっちに迫ってくる。

 あ、昨日そういえば怪力で口を大きく裂いてたな。

 それやるか。

 立ち上がり、怪獣に突撃する。

 怪獣のほうも走りだしお互い鼻息がわかるくらいの位置にまで向かう!

 俺はグッと口を掴む!今だ!

 口を大きく開かせ2枚に引き裂こうとする。

 しかし!これが中々引き裂けない!

 やばいやばいやばい早く早く早く!

 俺は怪獣の口を大きく開かせることに夢中で、怪獣は尻尾を俺の足絡ませていたのに気付かなかった。

 尻尾に引っ張られバランスを崩す!

 怪獣は尻尾で俺を持ち上げてみせた。

 そして尻尾を緩め俺をズドンと落とす!

 グッ!頭を打った……あんまり頑丈じゃないなこの身体。

 怪獣は間髪入れずに、次は尻尾を俺の胴体に巻き付けた!

 また俺を持ち上げ、ビタン!ビタン!と下に叩きつける!

 この身体に鼻はないが、そこら辺が痛い!

 このままではと足をジタバタさせるが効果があるわけもなく。

 ただ体力だけが消費される。

 段々と叩きつけが加速し、頭や胴体、色んな所が何度も何度も強打する。

 70回を過ぎた辺りで叩きつけが終わり、倒れているところに今度は尻尾で首を絞める!

 

 「ウゲ……グォ」


 俺は情けない呻き声を上げ首が切られるのを待っているだけの人になってしまった。

 クソ……クソ!結局こうやってミスしたまま死ぬのかよ!

 そう考えたその時!突然怪獣の力が弱まった!

 怪獣を見ると前のように泡のようになって消滅していく。

 待って俺は特に何もしてない。何故……何故なんだ?

 そう思ったのも束の間俺もまた意識を失った。

 

「起きて!起きて!丸間君!」

「はぁっ!……ああ、ここあそこか」

「そう!世役所だよ!」


 目覚めたら、さっき寝ていたベットの上にいた。

 キナちゃんが隣に座っている。

 というかここ世役所って名前だったんだ初めて知った。

 彼女は話す。


「今日の怪獣すごかったね。尻尾で丸間君をバンバン!って虐めてたから怖かったよ!」

「……負けちゃった」

「え?」

「ご、ごめん、なさい……」

「え、でも怪獣はシュワシュワって消えてたし」

「それは……勝手に消えたん……です。あれは攻撃を一度も当てられなかったしバンバンされちゃったし負けたんだ」

「ちょっと待って!」

「……」

「うーんとねちょっと話を整理してみよっか!あれが役に立つかも!まずは"イドダナド"!」

「イドダナナド?」

「うん!いつ、どこで、誰が、誰に、何を、何故、どのように、どうした?って順序立てて話す遊びだよ!これで話すと頭の中わかりやすくなるってママが言ってた!」

「ごめんそういう気分には……」

「えーとメモメモ、あ、あった!ここの引き出しに鉛筆と紙があるんだよ知ってた?自由に使っていいからね」


 キナちゃんは机の引き出しから鉛筆とメモ帳を取り出し、遊びの準備をする。

 あまりにも自分が負けたという思い出が強烈すぎて口下手なのを忘れてしまっていた。

 いや……そもそも論理も破綻してたりするから伝わってもわからない可能性もあるだろう。

 

「じゃあ始めるね!テーマは"さっきの戦い"まずはいつ!」

「ええと……今日かな?」

「次はどこ?」

「ここ?」

「世役所?」

「いや外。壊れてる所」

「今日の壊れてる所。うんうん!じゃあ次は誰が?」

「俺が」

「今日の壊れてる所で俺が。誰と?」

「怪獣と」

「何をした?」

「戦った」

「どのように?」

「巨大化して」

「どうなった?」

「負けた」

「このゲームはね一旦纏めて私が質問するのそうやって繰り返して遊ぶんだよ!つまり今日の壊れてる所で丸間君と怪獣が巨大化して戦って負けたってことだね!」

「あ、あぁ……そうだね」


 改めて言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいな。

 キナちゃんは続けて質問する。


「じゃあ次は質問ね!”どのよう”に負けたの?」

「怪獣に足掬われたり、落とされたり、首締められたり、身体がクタクタになって……その……倒せなくて」

「倒せなかったから負けたと思ったのね!」

「……うん」

「私はね丸間君が負けたとは思ってないよ」

「え?」

「丸間君はあそこで巨大な化け物を食い止めてくれたそれだけで十分だよ」

「でも……これじゃあなんとなく、やりきれないというか」

「私の親はね大きい化け物に踏み潰されて死んだの……誰も助けてくれなかった……。」

「……え?」

「2回目の化け物が出てきた時に潰されちゃったんだよねドーンって」

「そんなことが……」

 

 彼女の過去と話してる時の表情は下をうつむき何かを手は我慢してるようだった。

 

「でも今は丸間君がいる!今日だって誰もいないところで戦って、溶けるまで時間を稼いでくれた!それで十分!うん十分!」


 そう言って顔が変わり、彼女はニッコリと笑った。

 俺はそれを見てなんとなく心が軽くなった気がした。

 だがそれと同時に、子供にセラピーしてもらうなんてなんだか恥ずかしい。

 それに彼女の過去はその笑顔とは裏腹にかなり、凄惨な話だった。

 キナちゃんやマチさんは俺より辛い経験をしている。

 大人の俺が弱音を吐いてどうするんだ。

 複数の思いを胸にしまった所で扉からコンコンという音がしてきた。

 音の主は天斗さんだ。


「丸間様?キナ様?いらっしゃいますか?」

「あ、います。キナちゃんも一緒です」

 

 そう言うと天斗さんがドアを開ける。

 

「こんにちは丸間様。よく寝られましたか?」

「えぇ……まぁ……」

「ふふ……それは良かった。キナ様!マチ様がお呼びです」

「えぇ!またぁ!?どうせまた私に小言でしょ」

「まぁまぁキナ様そう仰らないで……」

「ふえぇ、わかったよ。丸間君はここで待っててね逃げ出しちゃ駄目だよ?」

「え、ま、まぁうん」

「じゃ」


 そう言ってドアを強く閉め、彼女は部屋から出た。

 この姉妹が仲良いのまだ見たことないな。

 まぁそもそも俺が原因だからしょうがないか。


「丸間様、気に入られてますね」

「……まぁそうなのかな、天斗さんは行かないんですか?」

「姉妹で話したいそうで」

「あ、そうか」

「そういえばキナ様とは何を」

「あ、ち、ちょっと遊びというかイドダナナドってゲーム?を」

「ああ、懐かしい!キナ様が5歳の頃に奥様と遊んでたゲームです。」

「はは……」


 俺は今まで5歳の知育ゲームレベルのことすら出来なかったのかなんて知能なんだ?

 これもSFSIDの特性なのか?

 そういえば昔、SFSIDは自己表現が物凄く下手だと言うのを聴いたことがある。 

 曖昧な表現も苦手な癖に曖昧な表現を多用するから相手から見れば何を言ってるのかよくわからないことにもなるってのも聴いたことがあるぞ。

 ……まあそりゃあイドダナナドで遊ばないとキナちゃんも理解できないわけか。

 天斗さんは俺の考えを感じとるかのようにこう言った。


「大丈夫ですよ。人には出来ること出来ないことありますから、少しづつゆっくりでいいんです。そして深呼吸して考えて、出来なかったらやさしい人に教えて貰う。それでいいと思いますよ」

「そうですね……。勉強になります」

「これも私のご主人様であるマチ様やキナ様のお父様から教えて貰いました」

「すごい人ですねその親父さん」

「ええ!本当に素晴らしい方でした!本当に……最後まで……」


 天斗さんはキナちゃんと同じく下をうつむき始めた。

 そうかよく考えればわかることを俺は忘れていた。

 天斗さんもキナちゃんと同じ経験をしている。

 それだけじゃないこの世界のみんなは怪獣から何かしら失っている。

 天斗さんに罪はない。だが彼の想起を見て俺は疎外感を感じてしまった。


「…………あ、申し訳ございません!丸間様!少し色々考えてしまって」

「あ、いやいや全然全然。大丈夫大丈夫ですよ」


 その時、扉がバッと開いた。

 キナちゃんだ。

 ドアを開けた後キナちゃんは溜息をつきこう言い放った。

 

「出て行けって」

「え……あ、けどそうか」


 出ていけという言葉には驚いている。

 だが同時に納得というかちょうどいいなという感情もあった。

 多分さっき感じた疎外感のせいだろう。

 俺はこう答えた。


「そうか……まあ主の命令ならしゃーない」

「え!?そんな!丸間君!」

「お金も払ってないのに贅沢は出来ないよ」

「そうだけど!」

「大丈夫、しばらくここにいるから」

「え?ここにいるの!?」

「え?まあうん」

「丸間様?ここというのは?」

「あ、そうか!江ノ世のことだからこの役所のことじゃないよ!」

「なるほど……ですが丸間様、お着替え等はどうするのですか?」

「え、あ、そういえばそうだな」


 いつもの換語欠如をしてしまった。

 後、そういえば着替えてなかったな。

 

「そっか……でも丸間君が江ノ世にいるならしばらくは大丈夫だね!」

「ああ、ま、ま、」


 俺が言葉におぼついてるその時である!

 地面がまた振動を始めたのだ!


「はぁ、どうやら着替えなんてやる余裕は無さそうだな」


 俺はしょんぼりとそう呟き、外に出た。

 意識しちゃうとこのガウンっぽい恰好で外出ると恥ずかしいし、なんか気持ち悪いんだよな。

 だが、着替える余裕なんてない。外には怪獣がまたもや現れていたからだ!

 さっきよりも怪獣と赤裂山の距離が近い……。やはりだ。

 俺の考えだと、あそこは絶対何かと繋がっている!

 そしてこれ……!

 宝石が付いた銀のナイフの取っ手みたいなY字型のアイテム!

 正式名称はなんなのだ!わからない。何もわからないが、またもや人がいない所に行き、Y字型のアレを使ってまた巨大化する。


 「いくしかないか」


 次は勝ってやる。

 頬を叩き俺はアイテムをまた天に掲げた。

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ダイダラデウス スピルZ @SpielZ

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