あかるい副業のはじめかた
sayaka
🏠🔎
「物件の内見を代行する仕事があったら流行るかもしれない」
「先生、またそんなこと言ってヒマなんですか?」
彼女は私の助手である。
やたら辛辣な口を利くわりに【
「これぞ隙間産業だよ」
「そうですか……」
早速、業務用SNSにてお仕事募集をしてみることにした。
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「こんなもんかな」
行動が早いのが私の長所である。
「もう少し考えた方がいいかと」
彼女からの手痛いツッコミには余計なお世話だと返しつつ、しばしボーっとして待つ。
「他人がすすめた部屋に住むのってちょっと気持ち悪くありませんか」
「うーん、まあそういう物好きな人もいるかもしれない」
正直言って物好きどころか正気の沙汰ではない。
*
「しかし奇特な人もいるものだ!」
「突然叫ばないでください」
募集をかけてから数日間、まるで音沙汰がなくて廃業の危機に瀕していたが、これぞ天の助けかもしれない!
私は神を仰ぐポーズをして大げさに喜んで見せた。
「依頼人から連絡がきた!!」
「お仕事ですか、よかったですね」
ワーイワーイと事務所内を駆け回りながらハイジャンプをしていたが、ホコリまみれになるのでやめてくださいと一蹴されてしまう。
「これで当面の生活には困らないな」
「一体いくらに金額設定したんですか……」
助手の呆れる視線を背中でビシビシと受け止めながら、私は新規メッセージを開封して依頼内容に目を通す。
ミシミシと変な音がする。このパソコンもそろそろ買い換えないと、そんなふうに思っていた。
*
これで五件目。
住宅の内見といっても、内装をふんわりと見て回るだけのことなんて、たかが知れている。
そう思っていたが流石に飽きてきた。
「どこもかしこも同じに見えてくるな」
待ち望んでいた依頼は少し変わっていて、この地域の住宅の内覧を合計三十五件こなしてほしいというものだった。
意味がよく分からないが、指示されたチェック項目に従って進行している。
(室内は十分な広さがあるか、日当たりは良好か、壁板は薄くないか、周辺住民の雰囲気についてなどなど、1・2・3・4・5段階で選択式になっている)
こんなにこだわりがあるのなら自分で見ればいいものを、と自ら仕事を募集したことは棚に上げつつ思う。
しかも近隣にこんな多くのモデルハウスがあるのか?
この近辺の土地は、家を購入したい人がよほど多いということなのだろうか。
「先生はテント暮らしが随分長いですもんね」
「そろそろマイホームを購入したくなってきた頃か」
私は住まいについて考えてみる。
人は何故家に住むのか。
例えば、もっと別のものでもいいのでは……。
そう、宇宙船とか。
もしくは巨大なタコだとか。
しかしそれは考えてもあまり意味のないことだった。
「疲れたからそろそろ休憩しよう」
住宅展示場の担当者との挨拶もそこそに切り上げて、外に出る。
晴れた空を仰ぎながら大きく息を吸い込み、うーんと思いきり背伸びをする。
ちょうど近くに喫茶店がある。
空腹の予感がしていた私は、通りがかりに見つけておいたのだ。
*
こじんまりした店内には、昔どこかで聴いたことがあるようなクラシカルな音楽が流れている。
混み合う時間帯を外しているため客も少ないし、落ち着いた雰囲気がなかなか好ましい。
私はスパゲティナポリタンを大盛りで注文し、彼女はお腹が空いていないのかオレンジジュースにしていた。
「先生、変だと思いませんか」
「何がかね」
「世間一般の常識で考えて、こんな依頼をしないと思いますよ。受ける方も大概ですが」
「何をいまさら」
彼女がわざわざこんなことを言い出すなんて、かなり面倒なことが起こる予感がしてきた。
「目的が何かしら別にあるのだと思います」
「内見をしまくっている私の足止めをするくらいしか効果はないけど」
「そうですね……」
彼女はそれきり黙り込んでしまった。時折グラスのストローでカラカラと氷を揺らしている。
やけに長いストローだなと思っていた。
赤と黄色のしましま模様で、途中で回転してハートの形を作っている。
彼女はこんな派手なドリンクが好きだったのだろうか。
事務所では水しか飲んでいないため、不思議な気持ちがしていた。
まもなくナポリタンがサーブされたので、ひとまず食べることを優先する。
毒々しい真っ赤なケチャップ色をした麺が魅力的に輝いている。
具は定番のピーマンとベーコンとオニオン、それに何故か薄くスライスしたタコが入っていた。
アツアツを頬張りながら、あと二口食べたらタバスコと粉チーズをドバドバかけようとひそかに決意していた。
「先生、やっぱり変です」
「はあ」
「先生はおかしいですよ」
何故か私が非難されている。
確かに私はほんの少しだけおかしいのかも知れない、しかし私にも言い分があった。
「もっもむもっもももも〜!!!」
ナポリタンを口に頬張りながらしゃべったため、まぬけな声が場違いにも店内に響いただけだった。
「ふふ、先生ってばおかしい」
彼女は吹き出している。
だんだんと堪えきれなくなったのか、目元の涙をハンカチでおさえながらも笑い続けていた。
そんなに面白かったのだろうか。
なんだか自分の存在を根底から考え込む羽目になってしまう。
「よし、これを機にコメディアンを目指すか」
食べ終えた時にはそんな面持ちになっていた。
「何を言ってるんですか」
彼女はすでに冷静さを取り戻していた。
「それより、分かりました。依頼人の真の目的が」
*
「ここは探偵事務所だったのか?」
「そうです」
「そうですって、許可した覚えはないぞ」
「冗談です」
そういって片目をつぶって見せる。
彼女は朝から上機嫌だった。
ハイテンションすぎて不気味なくらいである。
日頃の態度と足して等分するくらいがちょうどいいのではないだろうか。
そんなどうでもいいことを考えていた。
依頼人との待ち合わせの時刻まで、あと僅か。
無駄に室内を歩き回ったり、窓を開け閉めしたりしてしまう。
上司である私に先に回答を教えておいてくれてもよさそうなものなのに、そこは譲らなかった。
これではどちらの立場が上なのか下なのか分からない。
「やれやれ」
「先生」
気がつくと、目の前に彼女が立っていた。
窓から風が入り込んで、長い髪がバサバサと動いている。
まるでそこだけが力で満ちあふれた生き物のように、イキイキとして躍動感がある。
そういえば彼女が私を「先生」と呼ぶようになったのは、いつからだろう。
今はもう思い出せないくらい遠い記憶を辿り寄せるかのように、私は意識を水平に保っていた。
*
*
*
目が覚めたら夜明け前だった。
あれから半日以上経過していることになる。
(どうして)
考えるよりも先に、その重たさに顔を顰める。
彼女が覆い被さるようにしているため、少し身じろぎするのも大変で、やがてどうでもよくなってくる。
「今度はもっと、稼げる仕事を見つけないと」
そんなふうに思っていた。
やがて彼女が起きたら話してくれるであろう、事の顛末を予想しながら、私は次の案件について思いを馳せる。
「先生が悪いんですよ」
「わっ、びっくりした」
起きていたのか。
「あんな依頼、やすやすと引き受けるから……」
まだ寝ぼけているのだろうか、語尾がはっきりせずむにゃむにゃしている。
「だから退治しておきました」
倒したのか?
依頼人を?
ちょっとこわい。
「ちょっとじゃないです」
「はあ」
「かなりこわいんですよ、わたしは」
そういうことにしておいてあげよう。
彼女のやわらかな髪が朝の光に照らされている。
それはとても平和な出来事の象徴であり、ひどく心やすらかになれた。
それにしても、儲かりそうならこちらを本業にしてもよかったのだが。
今回は残念だった。
また新たな仕事を探すしかないのだろうか……、私は途方に暮れていた。
「これからは副業の時代ダー」
そう思っていたこともあったが、そもそも本業がうまくいっていればそんな必要もないのではなかろうか。
私は転職の必然性を感じながら、彼女のあたたかい重みに感謝しつつもいつ起こしたらいいのか頭を悩ませていた。
いっそのこと、本当に探偵事務所にしてしまった方がよいのかもしれない。
彼女の名探偵ぶりはなかなか様になっていた。
目を覚ましたらそんな話をしよう。
きっと嫌がられるに違いない、私は笑いながら彼女の顰めた表情を想像していた。
「いいですよ」
「へ?」
「やってもいいです」
「あ、そうなの」
「その代わり、わたしの給料大幅アップしてくださいね」
聞かなかったことにしておくか。
それよりも次回からは気絶させられないよう護身術でも習っておこう。
私は非常に建設的な思考をしているので、論理のすり替えは得意だった。
< Ending.1 彼女の愛が重い〜依頼人は私のストーカーだった!?篇〜 >
あかるい副業のはじめかた sayaka @sayapovo
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