第2話 頬杖唯は密室を暴く。
「なあおい、名乗り出ないのか犯人は! この中にいるはずだろう! 悪事を犯したことを早く認めて、手を挙げないか!」
二年C組の帰りのHR。今日は月曜日だ。つまりこの日のHRは、例のごとく六時間目の数学を担当していてこのクラスの副担任でもある数学教師の大沼(おおぬま)先生が、授業の時間から引き続いて取りまとめる日だった。
早く終わってくれ。
きっと、クラスメイト全員がそう思っているだろう。この副担任の怒りは未だに収まらないらしく、HR開始から三十分経った今でも、タコのように赤く染まった顔を振り回しながら激高しつづけている。
僕はこの後、クラスで飼っている(というか、副担任が急に持ち込んでクラスのみんなが面倒を見させられている)メダカの当番もしなければいけないのに……。今日は運が悪い。僕のそんな思いも知らず、大沼先生は今もなお怒り続けている。人の怒りが持続するのはたったの六秒だっていう説をよく聞くけれど、それはきっと嘘なのだろう。
この状況で、頬杖は何をしているのかな?
ふと気になった僕は、教室の中央あたりにある僕の席から見て斜め左の席、教室全体における左端に位置する席の方を、大沼先生にばれないようにちらっと見た。
その席に座っているのは、頬杖唯(ほおづえゆい)という名前の女子生徒である。僕の幼馴染だ。このクラスで彼女は、「知識欲が制服を着て歩いているようなやつ」だと言われている。これは比喩ではない。彼女は全校生徒、いや、それだけには留まらず、この北十日町(きたとおかまち)中学校における全学校関係者の年齢から家族構成から裏アカまで、あらゆることを把握しているという噂まであるほどだ。
ここで、幼少期から彼女を見てきた僕として、その噂話に対して言っておきたい。
頬杖唯はその程度ではない。
そんな甘っちょろいもんじゃない。その本性は、もっと恐ろしい。詳しくは述べないけれど。そもそも幼馴染である僕ですら、彼女の全容を把握できているとは言えないので……。
以上が頬杖唯についての情報である。要するに、あらゆることを知っている知識人であり変人。こんな人格なので、勿論というべきか友達はほとんどいない。頬杖は気にしていないらしいけれど。
さて、そんな頬杖はこの学級会についてどんな反応をしているのか?
「……………………zzz」
寝ていた。爆睡していた。机の上に平行に置いた二本の腕の中に顔をうずめるようにして眠っている。明らかに大沼先生の話を聞いていない。……が、先生はそれを気にしていないらしい。まあ、それもそうか。
頬杖はよく数学の授業をさぼって寝ている。これは頬杖が優秀だからこそできる芸当で、他の生徒はけして真似できない。そんなことをすれば、すぐに大沼先生から天罰が下る。何故頬杖が許されているかと言うと、それは、授業の内容をすべて完全に理解してから寝ているからだ。いくら大沼先生が彼女を起こして問題を出したとしても、彼女は寝起き眼で軽々とそれを解いてしまう。彼女にとって、学校の授業とはは、問題が簡単に解けてしまうため時間を持て余すものなのだろう。——おかしいな、ここって一応中高一貫の進学校なんだけどな……まあいいか。時間を持て余した時にときに内職をするでも落書きをするでもなく睡眠をとるという選択をするのは、まあ、意外と頬杖らしいと思う。
今日の数学の授業でも、頬杖は殆ど寝ていた。だから大沼先生は、頬杖は犯人ではないとわかっているのだろう。
そう、犯人。
現在の二年C組では、「犯人探し」が大絶賛開催中だ——数学の授業の終わり際、教壇に立つ大沼先生の顔に対して、執拗に太陽の反射光を当て続けた犯人を捜索中。
しょうもない。
しょうもないけれど、大沼先生にとっては大問題なようだ。
「お前らの中から犯人が出てくるまで、俺はHRを終わらせないからな!」
怒り心頭にそう宣言した水原先生に対して、クラスの皆が小さくため息をつく。
いい加減自首してくれよ、田中。
この手の事件にはよくあることだけど、実は生徒側はもう犯人を知っている。僕の二つ左の席に座っている田中である。新品の腕時計で窓からの光を反射して遊んでいたが、まさかこうなるとは思わなかったのだろう。なんてことをしてくれたんだ。しかも彼の顔を見ると、どうやら名乗り出る気もないらしい。
「どうして名乗り出ないんだ! 反省する気持ちは無いのか!?」
叫び続ける大沼先生。早くHRから解放されたい僕たち生徒。
そんな軋轢の中から、その言葉が自然と出てきたのだろう。
「……うっぜえな」
その言葉を発した人が誰なのかは、僕にはわからなかった。誰が言ったのかが判然としなかったことで、その言葉は僕にとって、クラスの総意であるかのように感じられた。
一方、その言葉を耳にした大沼先生。
「うぜえ、だと……?」
最初からタコのように赤かった顔が、さらに紅潮していく。さらなる赤みへ登っていく。
「誰だ、そんなこと言ったのは! 名乗り出なさいっっ!!!」
タコみたいだった顔が茹でダコみたいな顔になった。
はあ。
僕は小さくため息をついて再び後ろをちらっと振り返り、教室の左側の隅っこを見た。頬杖を見たかったわけではない(あいつはまだ寝ている)。僕が見たのは、教室に設置された水槽だった。中には、けして少なくない数のメダカが泳いでいる。これらのメダカは、水原先生が裏山の川から(突然)採ってきたものだ。
僕はこのHRが流れた後、メダカの餌やりもしないといけないのか。
面倒くさいなあ……。
僕は前に向き直って、教室の時計を見た。HRが始まってから、一時間が経過していた。
————
結局、あのHRが終わるまでに一時間半かかった。大沼先生が折れる形で、あの時間は終わりを告げた。
一時間半って。
長すぎるわ。
人の怒りが持続するのは六秒らしいけれど、水原先生は九十分持続するらしい。
僕は机を立って、教室の隅へ歩いた——そして餌やりのためにメダカの水槽を覗き込み、そして、気づいた。
メダカが死んでいた。
————
「……それで、私のところに来たと?」
僕はメダカが死んでいることに気づいた後、すぐに水槽に近い席に座っている頬杖のもとに向かった。頬杖の背中を揺さぶると、すぐに机から起き上がった。
「そうなんだよ。不思議だと思わないか? だってさっきまでは、あんなに元気だっただろ」
「まあ、そうだね。元気だった。メダカらしく、可愛らしくも懸命に泳いでいらっしゃったね」
「だよな……」
頬杖がメダカの水槽に目をやったので、つられて僕も水槽を見た——その水底には、事切れたメダカの遺骸があった。……一匹だけ。
頬杖はため息をついて、僕を見る。
「飯田(いいだ)、流石に過剰に反応しすぎじゃない? こんなの、メダカが一匹死んだだけでしょう。何をそんなに問題にしているのかがわからないけど」
頬杖は首を傾げて僕を見た。確かに、この状況だけを見たら僕も同じように思っただろう。特に深刻には思わなかっただろう。しかし、今回は違うのだ。あのHR中ずっと寝ていた頬杖は知らないだろうが——。
「『うぜえ』って言ってたんだよ」
「へえ?」
呆れた顔であくびをする頬杖に、僕は続ける。
「HR中、このクラスの中の誰かが、そう呟いてた。……まあ、それだけの話なんだけど。でも頬杖、知ってるだろう? あの長すぎるHRを主催したのは大沼先生で、あのメダカたちを裏山から採ってきたのも——」
「大沼先生、だったね。そういえば」
相槌を打つ頬杖の顔が、さっきまでの呆れた顔から変わった——笑顔である。しかも僕の説明で事態を完璧に把握した頬杖は、机に肘を置き、頬杖をついていた。臨戦態勢だ。
頬杖には、「本気で思考をする際に頬杖をつく」という癖があるのだ。頬杖がその癖をとった今、この事件はすぐに解き明かされるのだろう。
「なるほどね。そりゃあ、ずっとノンレム睡眠してた私が事態を把握できないわけだ。つまり飯田はこう思っているわけでしょう? 『あのメダカの殺害が、水原先生の所業に怒りを覚えた生徒によって行われたんじゃないか』って」
僕は頷いた。その通りだ。
HRが行われるまでは元気だったメダカたち。しかしあの問題のHRが終わった後、突然一匹のメダカが絶命していた。水原先生の持ってきたメダカが。
これは、殺人事件なんじゃないか?
いや、人じゃないけれど。魚だけど。
「なるほどね。つまりこれは、密室において起きた殺害事件だって言いたいんだね?」
頬杖がそうまとめるのを聞いて、僕は、「たしかに」と思った。——密室。言い方を変えれば、今回の事件は、そう表現することもできるだろう。頬杖の中の何かに火がついたのか、彼女はノンストップで話し出した。
「典型的なミステリー小説によくあるやつだよね。例えば豪雪に襲われて出入りのできなくなった山荘。あるいは本土から海で隔絶された無人島。そんな場所で殺人が起きる。まあ、これらは密室とは全然違うんだけど、広義の密室だとは言えるかも……。より今回に近い例で言うとしたら、そうだな、鍵のかかった牢屋の中で人が死んでいた、とかかな? 要するに、『外から干渉できないとしか思えない状態で、事件が起こっている状態』。それがよくある密室だね。これだけ聞くと、ミステリー小説にしか起こりえない非現実的な状況と思われるかもしれないけど、実際はそうでもないんだよね。密室って、意外と身近にたくさんあるんだよ。今回の事件だってそうだ。あのHRにも、密室はあった。それが、」
「メダカの水槽」
僕がそう言うと、頬杖が「そうそう」と頷いた。
「あのHRでは、誰一人席を立っていなかった。そうなんでしょう? それなのに、HR前では元気に泳いでいたメダカの中から、HR後には一匹のメダカが死んでいた。これっていわば密室だよね? 飯田が第一発見者だ。ところで一つ聞きたいんだけど、飯田の前にメダカの水槽に近づいた人っている?」
「うーん、どうだろう」
頬杖に言われて、僕はさっきの状況を思い出す。あの時僕は、早く帰りたいという一心でHRが済むや否や真っ先に席を立ち、あの水槽に向かった。僕より先に、そこにいた人はいなかった。
「なるほどねー。確認だけど、飯田が殺したって線は無いんだよね?」
急に真顔になった頬杖に、「いやいや」と僕は手を振った。
「頬杖、僕がそんなことするやつに見えるか?」
「……見えないねー」
そう言って、頬杖は破顔した。なんか、いつもよりテンションが高いな。寝起きだからかな?
寝起きの頭に好物な謎を入れられると、頬杖はこんな風になるのか。幼馴染でも知らないことってあるもんだな。
「これまでの話をまとめると、誰も動いていないHR中に、一匹のメダカが殺されていた。その犯人候補として、動機の面で、大沼先生に対して『うぜえ』と言っていたどこかの生徒が挙がる。彼もしくは彼女は、大沼先生への当てつけとして、先生の持ってきたメダカのうちの一匹を殺してみせた。なんと、HR中にね。これは密室殺害事件とも言えるかもしれないね。さて、ではどうやってメダカは殺されたのか? そして誰が犯人なのか? ってことになるわね?」
僕が頷くと、頬杖は、
「じゃあまあとりあえず、事件現場の水槽を見てみようか。現場は保存してあるんだよね?」
と、頬杖をついたまま席を立ちあがって水槽へ向かった。……『保存』って。
「ああ、保存してあるよ。勝手にメダカの死体を片付けたりしたら、頬杖が怒りそうだったから——、え、頬杖?」
僕の発言が終わる前に、頬杖は水槽の中身を見ると、「すん」とした表情になってしまった。頬杖をつくのもやめてしまった。彼女が頬杖を止めたということはつまり、現場を一目見ただけで事件の全貌を掴んだということだ。なのにどうして、そんなに残念そうにしているんだろう?
「飯田」
呆気にとられた僕に、頬杖が呼びかけた。
「……どうした、頬杖?」
「今日のメダカ当番は長くなるよ」
「……そうなの?」
頬杖は何もわかっていない僕の顔を振り返って、「はあ」とため息をついた。
「飯田はこの現場を見てもまだわかんないんだね。それじゃあ、教えてあげるよ、この事件について」
この事件は。
「そもそも、事件じゃない。犯人なんていない。でも、強いて言うなら……私たち全員が、犯人だったね」
「え?」
————
「飯田は勘違いしてた」
頬杖は水槽を一目見て頬杖をつくのをやめた直後、自分の席に戻って座った。僕はすごすごと彼女についていった。
「……勘違い? 勘違いって、どんな?」
僕の勘違い? そんなミスが、どこかにあったのか? これまでのことを思い出して点検しようとしたが、頬杖に止められた。
「時間がもったいないから、率直に言うね。飯田が犯した勘違いは、『あのHR』と『メダカの死』の間に関係があると思ってしまったことだよ」
「? 関係ないのか?」
僕の頭の中に疑問符が浮かぶ。頬杖は僕の発言を受け、「ないない」と続けた。
「たとえ今日のHRが正常に終わったとしても、学校に強盗犯が侵入してきたとしても、突然世界が終わったとしても……、あのメダカは変わらずあのタイミングで死んでいただろうね」
そう断言する頬杖に、僕の中で違和感がくすぶった——じゃあ、あれは? 大沼先生に対して、「うざい」と嫌悪感を露わにしていたあの発言とも、メダカの死は関係が無かったということか?
「その通りだよ、飯田。その発言とも関係ない」
「でも頬杖、そうなると、あのメダカが殺される理由が無くならないか?」
あのメダカは、終わらないHRをする大沼先生への嫌悪感を感じた生徒によって殺された。そのはずなのに?
そんな僕の疑問に、頬杖は「そうだよ」と答えた。
「理由が無くなるね」
「じゃあどうして、あのHRとメダカの死に関係が無いって言えるんだ……?」
「簡単だよ、飯田。何故ならあのメダカは殺されたんじゃなくて、」
ただ単に、死んだだけなんだから。
————
「それじゃあ解決編といきましょうか。まあ、そもそも何も事件なんて起きていないんだから解決編って言うのはおかしいんだけれど、便宜上ね」
頬杖が席に座っているので、僕も近くの空いている席に座った。
「事件なんて起きていない、っていうのはつまり、あのHR中に水原先生のメダカを手にかけた人なんていなかったんだってことだよね?」
「そうよ。あの水槽を見れば、それぐらいわかるでしょう」
そして頬杖は、問題の水槽を指で示した。
「あそこに水槽がありますね」
「あるね」
「あの水槽、めっっっちゃ汚くない?」
「……うん」
そう。これまでは触れてこなかったが……僕らのクラスの水槽は、かなり、汚い。所々に藻が生えていて、遠くからだと緑色に見える。
「でもまあ、いいんじゃないのか? 藻なんて自然にもあるものだろ?」
すると頬杖は、はああ、とため息をついた。
「そんなんだから水槽があんなに汚れるんでしょう? まあ、私も無視してた立場だから強くは言わないけれど……それに、問題は藻じゃないの。飯田、ちょっとあの水槽を覗いて、様子を見てみなさい」
「……わかった」
僕は頬杖に言われた通り、水槽へ歩いてその中を覗きこんだ。僕の顔に気づいたメダカたちが揺れる。メダカは普通のメダカだ。白い体色。よく見ると点があるが、そういう柄の種類なのだろう。水槽には大沼先生がメダカと一緒に持ってきた川の土が盛られていて、水草が植わっている。水底には、メダカが食べずに沈んだエサがある。あと、一匹のメダカの死体。
こんなもんか。
状況を把握してから頬杖の元に戻り、見たことを見たように報告した。すると頬杖は、「それでさ、飯田」と話し始めた。
「何か感じたことは無かった? ここが変だなー、みたいなのは?」
「うーん……特にないなあ」
「……飯田は魚の飼育に関する知識が欠如しているってことがよくわかった」
頭に手を当てて呆れた顔の頬杖に、僕は、「どこが変なんだ?」と聞いてみた。
「全部。全部おかしいよ。あーあ、私ももっとちゃんとメダカの水槽を見ておけばよかったなあ。飯田、いい? あのメダカはね、病気で死んだの。白点病でね」
「……白点病?」
頭を傾げる僕に、頬杖は「そう」と、解説を続けた。
「白点病。簡単に言うと魚の体が白い点でおおわれる病気。でも、白い点の正体が問題なの」
「正体って、何?」
「寄生虫」
「……なるほど」
白点病という病気を、僕は初めて聞いた。その後の頬杖の解説によると、寄生虫が白い点に見えるから白点病と呼ばれているらしい。
「あのメダカたちは皆、その白点病に感染しているの。死んでしまった一匹は、特に病気の進行が早かった個体。そのうち、他のメダカたちも同じようになるでしょうね」
「なるほど……。でも頬杖、僕はまだ引っかかることがあるんだけど、聞いてもいいか?」
「いいよー、何が気になるの?」
「その白点病っていうのにメダカたちが感染してたんだったら、誰かしら気づくんじゃないのか?」
「まあ、そうね。確かに気づいてもおかしくないね。魚のお世話をしている人なら、誰でも簡単に気づける病気ではある。それが、人気のない副担任が持ってきたどうでもいいメダカでなければね」
「……なるほど」
その一言で、頬杖の言いたいことはわかった——そのメダカたちは、あまり気にされていなかったのだ。大沼先生が突然持ってきたメダカたち。僕たちはその飼育を当番制で突然任された立場。率直に言えば、僕たちはそのメダカたちに対する愛情が無かった。中学生にもなってクラスで魚の世話なんて、という思いが確かにあった。世話の内容も、毎日投げやりに行われる餌やりぐらいだった。水槽が汚れていても、「でもメダカは元気そうだし」で片づけられていたし。そんな中、メダカたちの間で病気が蔓延しても誰も気づかなかった理由も、なんとなくわかる。
僕らは皆、メダカのことを「群れ」とまとめて捉えていたのだ。今回の件で頬杖がメダカの病気に気づいたのは、当番だった僕がメダカが一匹死んでいることに気づいて頬杖に相談したからだった。このとき僕は、死んでいない群れのメダカは皆元気なのだと勘違いしていた。でも、違った。
群れのメダカたちは、皆同じように病気に侵されていた。疲弊していた。しかしメダカたちを群れとしてまとまりで捉えていた僕たちは、全体的に弱っていくメダカたちの異常には気づかなかった。メダカたちが皆、同じような様子だったから。その状態こそが普通なのだと勘違いしていた。
「さらに言うなら、このクラスの知識不足も原因の一つでしょうね。メダカの体が元々白いとはいえ、寄生虫の目印である白点に気づかなかった。その病気を知っていて、メダカの体色の異常に気付いて、対処する人がいなかった。あと、魚への餌やりも不慣れだったでしょ? 当番の人たち皆、メダカに対して明らかに餌を多めにあげていた」
「そうなのか? 魚の餌って、どれぐらいあげればいいんだ?」
「魚の種類によるのはもちろんだけど、まあ家庭で飼われるような魚であれば、大体二、三分で食べ終わるぐらいかな?」
「すくなっ」
「少ないよ、意外とね。それなのに皆、餌を多くあげ続けた。飯田も見たでしょう? 水槽の底に、餌がたくさん転がっていたのを。あれは量が多かったから。水槽の水質にとって、残った餌は極めて良くないものなんだけど——スポイトで除去したりも、しなかったようだし? そんなずさんな管理を続けているから水質が悪化して、結果的に白点病の発生に繋がった」
————
頬杖から教わった今回の事件の真相は、こうだった。僕たちの管理不足並びに知識不足により、メダカたちの水槽に白点病が発生。この病気はメダカの体を蝕んでいき、あの終わらないHRの途中で遂に犠牲者が出た。HRが終わった直後、早く帰りたいという一心でメダカ当番の仕事を終わらせようとした僕は、メダカの死体にのみ意識が向き、即座にそれをHR中にどこからか聞こえてきた「うぜえ」という発言と結び付け、水原先生に対する遠回しな嫌がらせを誰かが行ったと(早)合点してしまった。
「そもそも、HR中に席を立つことなくメダカを殺すなんて、仕込んでも無いかぎり無理だしね。しかも一匹だけ。飯田でも、考えればわかった話なんじゃない?」
「ああ、まあね……。少し性急だったとは思ってるよ」
長すぎるHRの後に掃除も追えたこの教室に残っている人は、僕らを除くともういない。僕は頬杖からの命を受け、水槽の藻の掃除やフィルターの交換、水底に沈んだ餌の除去をした。頬杖曰く、「メダカの当番なんだからちゃんとやりなさい」とのことだ。はいはい、やりますよ。
「飯田。この掃除が終わったら、すぐに裏山に行くよ」
「え? 水槽の掃除が終わったら帰れるんじゃないの?」
この後も何かするのか……残業?
「飯田、忘れてない? メダカが死んだ理由。白点病は寄生虫が起こす病気だよ。藻を掃除したぐらいじゃ治るはずがない。だから飯田にはこれから、水槽からのメダカの避難、水槽の水と砂の廃棄、新品のスポンジを使った水槽の清掃、裏山に行って新鮮な川の水と砂の採取、清掃した水槽に新しい水と砂を入れる、メダカを新しい水に慣らす、などの工程を行ってもらいます」
……仕事が多すぎる。
「魚を飼うっていうのはそういうことなんだから、仕方ないでしょ。まあ私は手伝わないけど」
「そこは手伝ってくれよ!」
「何で? 今日のメダカ当番は飯田でしょう?」
「……」
頬杖はさっきまで、クラスのメダカに対する無関心が白点病を招いたんだとか力説してたような気がするんだけど……気のせいかな?
これからの作業量の多さに早くも気が滅入る。
「まあまあそんな顔しないでよー、私も見ていてあげるからさ。手伝わないけどね。絶対」
「はいはい」
僕はそう答えた。丁度水底に沈んだ餌の摘出を終え、バケツにくんだ水ごと捨てに行くところだったので、教室を出た。すると、メダカの死体が入ったポリ袋を手に持って、頬杖がついてきた。
「飯田、その水を捨てに行くんでしょう? 私も行くよ。一緒にメダカの墓を作ろうよ、この学校のどこかに」
「……そうだな」
僕はバケツ、頬杖は袋を手に持って、教室を後にした。メダカを埋葬した後、裏山まで行かなければならないのは本当にめんどくさいけれど、頬杖も見ていてくれる(本人曰く、本当にただ見ているだけ)らしいので、まあ一人ではないのだから許容すべきだろう。
あのHRよりもさらに長い、今日の僕のメダカ当番は、まだ始まったばかりだった。
頬杖唯は頬杖をつく。 さしもぐさ。 @sashimo
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