極秘任務は住宅内見で
御剣ひかる
ブツの正体は……
家なんざ買う気はないのに住宅の内見に来ちまった。
しかもまだ結婚なんて考えてない女と一緒に。
はぁ、とため息をついた。
「ちょっとぉ、どうしてため息なのよ」
おっといけねぇ。今俺らは自宅の購入を検討してる結婚前のカップルだった。
「思ってたよりきれいな家だったから、感嘆のため息ってヤツだ」
「あー、わかるー」
ニコニコご機嫌の女の顔を見るのは、悪い気分じゃねぇけどよ。
こうなっちまったのは、どんくさい舎弟のせいだった。
数日前、舎弟が頭を下げてきた。
「は? 親分に極秘で頼まれていた重要なブツを、売家に置いてきただぁ?」
「正確には隠してきたんです」
舎弟の話を聞くに、親分から内密にと頼まれたブツを運んでいた時に、サツの職質に捕まってしまったんだと。
こいつ、いかにも悪人ヅラだからな。秘密の任務で緊張してたならなおさらアヤシイ雰囲気だったんだろうよ。
で、取られちゃ物理的に首が飛ぶってんで、その場は逃げだして近くの家に隠れた。
アホゥか。そんな時はニコニコ笑って適当にごまかすもんだろうがよ。
で、サツはしつこく探しているみたいだから、その売家のクローゼットの中にブツを隠してきた、ってか。
「取りに行きたいんですが、俺は怪しまれてるでしょうから、兄貴、すみませんが取ってきてくださいませんか?」
「アホ、俺だって忍び込んだらマークされるだろうが」
「そこはほら、姉さんと一緒に内見に行くとかで」
あぁ、なるほど。家を買うからとか言って堂々と行けばいいってか。
しかしよぉ、まだ結婚なんて考えてねぇってのに。
「姉さんなんて呼ぶな。アイツとはまだそういう関係じゃねぇ」
「そうでしたね。すいません」
ヘラヘラ笑ってやがる。その顔でサツを巻いときゃよかったんだよ。
まぁしかし、だ。
親分の頼み関連とあれば、無視できねぇな。
仕方ねぇ。行ってやるか。
ってことで不動産屋に予約を入れて内見に来たってわけだ。
カジュアルスーツなんて着て、普段はボサボサな髪もセットして、怪しまれないようにするのも一苦労だな。
「旦那様もお気に召していただけましたか?」
不動産屋の男がもみ手でもしそうな感じで腰を曲げてへこへこしてくる。
「そうですね、明るい感じで、いいですね」
無難に褒めておく。
まぁ実際、思ってたよりいい雰囲気だなとは思う。
「あ、わたし、キッチンをしっかり見てみたいな」
「なるほどそうでございましょうね。キッチンは女性の戦場ですからね」
「そうそう、勝利のためには現状を見極めないと」
愉快そうに笑う二人。
よし、ナイスだ。別行動のチャンス到来。
「なら俺は二階の部屋をちょっと見てくるよ。しっかり説明してもらうといい」
システムキッチンの話をしながらキッチンへ向かう二人を確認して、俺は二階の洋室に向かった。
ドアを開けると落ち着いた色合いの壁紙に、なんとなくほっとする。
お、据え付けのクローゼット。これだな。
ノブを掴んで引っ張って、そっと開ける。
奥の方に小さい包装紙を見つけた。
手に取る。思ってたより軽いな。
中身は……、勝手に開けるわけにもいかないか。
念のためクローゼットの隅々まて穴のあくほど見て、手でぺしぺし叩いて他に何も隠されてないのも確認して、そっと扉を閉じた。
ふぅ。任務完了。
キッチンに行くと彼女が興奮している。
「あ、ねぇ。ここのキッチンいいよぉ。わたし、ここであなたのために料理してみたいわぁ」
「おぉ、そんなに気に入ったのか」
「ぜひぜひ前向きにご検討を」
そんなやりとりをしながら家の中を見て回って、不動産屋に戻って契約はまた後日考えるということで落ち着いて、解散、となった。
「ほらよ、これでいいんだろう」
舎弟に、包装紙に入った平べったいブツを渡してやる。あの形と軽さから考えるとおそらくDVDとかブルーレイの類だな。
「ああぁ、兄貴! ありがとうございます!」
ブツを手に取った舎弟が涙を流さんばかりに喜んでいる。
が、すぐにトーンダウンした。
「どうした?」
「あ、あの……。兄貴に叱られるかも、ですが……」
なんだよ?
「姉さん、いや、彼女さんが『あの人がいきなり一緒に家の内見に行くなんて言い出したのは期待しちゃっていいのかなぁ』なんて尋ねてきたもんですから、そりゃもうめちゃくちゃ乗り気みたいですよ、って答えちまって……」
実は結婚式場なんかの下調べまでしているらしい、って答えちまったんだと?
おいおい? 調子に乗りすぎだろコラ。
いくら親分の頼み事が極秘だからって……。
……まぁしかし、だ。
俺ももうすぐ三十だ。あいつもそう変わらねぇ。
こんな職についてる俺でもいいなんて言ってくれてんだ。そろそろ腹くくった方がいいのかもしれねぇな。
まったく、こんな形で促されてなんてちょっと格好悪いが、いっちょ男をあげるか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あのひと、あの家を買うことにしたんだよ。ありがとうね」
「それじゃ、結婚の話も?」
「うん。――まったく、ここまでやらないと言い出せないなんて」
「それだけ姉さんをいい加減に扱いたくないってことですよ。大切にされてますねぇ」
「からかうんじゃありません」
「はい、すいません姉さん」
「それじゃ婚約を祝って、かんぱーい。……ところでさ、親分さんからの極秘のブツって何にしたの?」
「エロDVDです」
「ぶーーーっ」
「わ、姉さん酒噴かないでっ」
(了)
極秘任務は住宅内見で 御剣ひかる @miturugihikaru
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