第4話 常連さん
チャトがキューに拾われて3日経った。
「仕事の依頼来るまで暇だから、なんかテキトーにグダグダしてなー」
というキューに、チャトは
「こんな不潔な所でグダグダもスヤスヤも出来ません!!」
といって、キューの事務所兼住居を徹底的に掃除し始めた。
元々綺麗好きのチャトに、この空間は耐えられないようだ。
そうこうして過ぎた3日だったが、部屋は見違える程清潔に整えられた。
床はキレイサッパリ、ゴミが無くなり白いフローリングはホコリひとつ無い。
アイランド式キッチンはやっと機能を取り戻したかのように輝き、いつでも料理ができるぞと息巻いている。
無駄に大きなガラス製のダイニングテーブルも、カップ麺や弁当の染みは綺麗に拭い取られガラス特有の輝きを放つ。
何色か分からなかったソファも、元の色を取り戻し、散らばったウィッグやコスプレ衣装も綺麗に並べられている。
トイレは何故か、大量のトイレットペーパーが壁沿いに積み重ねられており、どこのYouTuberだよ!とチャトは1人でツッコミを入れた。
風呂場は空きシャンプーやトリートメントの容器が大量にバスタブに投げ入れられており、もはや入浴は不可能だったが、チャトのお陰で快適に清潔に入浴できるようになっていた。
キューの寝室は、絶対立ち入り禁止!と言って譲らなかったので手付かずだが、いつかやってやる!とチャトは密かに企んでいる。
3日後の夕方の事。
「キューさん、お風呂沸かしたんで入ってくださーい。」
ソファでこれでもか!というほどダレているキューにチャトは言った。
「んー……」
気が乗らなさそうな返事だ。
「良い香りの泡風呂のやつ見つけたのでお風呂に入れますかー?」
チャトは使えそうな物は捨てずに取ってある。
「ん?……じゃ、はいるー」
ものすごくゆっくり起き上がり、ヨタヨタと風呂に向かう彼女は、ほんのり茶色いボサボサのセミロングに、オデンとローマ字とイラストで書かれた大きなサイズのトレーナーにクタクタのピンク色のショートパンツだ。
キューが出てくる前に食事でも作っておこうと、チャトはキッチンに立った。この3日で、キューは麺類が異常に好きという事に気づいた。
「パスタあるからー、ナポリタンかカルボナーラかペペロンかー」
「ピロンッ」
チャトが独り言を呟いていると、ダイニングテーブルに置かれたキューのスマホの通知音が鳴った。
キューは頻繁にスマホを忘れる。本人曰く、有っても無くてもどっちでもいい、らしい。この3日で唯一スマホを熱心に触っていた時は、子猫の面白動画を見ていた時だ。
パスタを茹でるお湯が沸いた時、フローラルな香りと共にキューが風呂から出てきた。
バスタオル1枚を体に巻き付け、髪にもターバンのようにタオルを巻いている。
「もうっ!なんか着て来てくださいよ!目のやり場に困るんですよ!」
鍋に塩を入れていたチャトが、半ば叫ぶように言った。
「だってさぁ、でもさぁ、めんどくさいだもんよー」
キューはきっと、チャトを拾う前は裸族だったに違いないと、チャトは確信した。
今にも取れてしまいそうなバスタオルを見ないようにしているチャトは横を向きながら言った。
「スマホ!鳴ってましたよ!」
キューは「おっ」と言うとダイニングテーブルからスマホをヒョイとつまみ、そのまま自室へと入って行った。
立ち入り禁止の部屋から出て来たのはペペロンチーノが丁度出来上がった頃。
「丁度パスタ出来たところですよー」
チャトがそう言うと同時に面食らった。
そこにはグレーのパンツスーツに淡いピンクのストライプシャツ、艶のある髪を後ろでまとめて丸くセットした、見るからにキャリアウーマンなキューが居た。
「ど、ど、どうしたんですかその格好!?何かあったんですか?!」
チャトは思わず言った。
「仕事だよ。さっき常連さんから連絡あってな。」
そう言ってテーブルにつき、フォークを手に取りニヤリと言った。
「今晩、潜るぞ。」
ペペロンチーノを2人でつつきながら、チャトは今晩の常連さんについて聞いた。
「常連さんって、どんな人なんですか?」
キューは器用にフォークにパスタを巻き付けながら言った。
「んー、50代半ばくらいの品の良い女性でな。なんというか……、中学生だった娘さんを自殺で亡くしててな。」
チャトは言葉に詰まった。
ほんの数日前まで自分も同じ事をしようとしてたのだ。
「もう私のとこで月1で3年は夢潜りしてんだけど、ちょっとそろそろヤバくてな。」
「ヤバいって何ですか?」
「うーんと、説明が難しいんだけど……。チャトの夢潜りで夢魔っていただろ?」
「あー、あの黒いモンスターみたいな?」
チャトは思い返して少しゾッとした。
「そう、一概に黒いモンスターな訳じゃないんだが、チャトの場合はそう出てきたわけだ。」
キューはそう言って水をゴクゴク飲み干した。
「で、その夢魔が長期間にわたって何度も現れちゃってるから変異し始めちゃってな。」
パスタを全て平らげたキューは、まだ食べているチャトを急かすともなく見ながら言った。
「長期間だとダメなんですか?」
チャトは素朴に問うた。
「ダメっていうか、なんというか、知能を持っちゃうんだよねー。」
「はぁ、よくわかんないんですけどダメなんですか?」
「私みたいな能力があれば制圧できるんだけど、常人では呑まれちゃうんだ、夢に。」
チャトは自分の夢潜りの時を思い出した。
確かに、アレに呑まれてしまうと思うとおぞましい。
「じゃ、どうするんですか?」
身震いを隠しながらチャトは言った。
「手はあるけども、もう常連さんじゃなくなるかもなー。でもなー、金払いめっちゃ良いんだよなー、もったいないなー……。」
そう言いながら身体をクネクネさせてもがいていた。
キューは、割と金に汚い。そう学んだチャトはキューと共に来客を待った。
時刻は21時。
玄関のチャイムが鳴った。
キューがリビングから出ていき、事務所のドアを開けた。
そこには品の良い藤色のワンピースに身を包んだ壮年の細身な女性が微笑んで立っていた。
DreamDiver 雨森 かえる @miyaryusaku
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