第3話 夢に潜る

チャトは家の中に居た。自分の部屋。

リビングからは両親の怒鳴り合う声や泣き声が聞こえる。

「あなたがそうやってプレッシャーかけるから!」

「お前の教育がしっかりしてないからあいつがこうなったんだろ!あいつは俺と同じ大学に入りたいって子供の頃から言ってた!ダメになったのはお前のせいだ!」

「あなたがそう洗脳したんじゃないの!」

「洗脳とはなんだ!俺はあいつの将来を……」


だんだん聞こえなくなった。いや、聞こうとしなかっただけかもしれない。聞きたくない。聞きたくない。ごめんなさい。僕はダメな子です。


場面は変わって学校になった。薄暗く、不気味な雰囲気だ。

急に掲示板に貼られた順位表が目の前に現れた。

掲示板は真っ赤になり真ん中が裂け、そこが口のように喋る。

「がくねんで150ばんー」

「まじかよ井坂ーやべーじゃん」

「ケーッケケケケケケケケッ!」

馬鹿にしたように笑う掲示板。


「僕だって頑張ってる!ずっと!ずっと頑張ってる!ずっとずっと!頑張り続けたのに!」


そう叫ぶとチャトは走り出した。掲示板が笑い声をあげて黒い亡霊のようになり追いかけてくる。


足が重い。思うように動けない。後ろからはゲラゲラと笑う黒い亡霊が追いかけてくる。そしてその後には父と母も付いて追い掛けてくる。怖い。怖い。怖い。

そうだ、屋上に逃げよう。そこから飛び降りればこいつらから逃げれる。


重い足を必死に動かし、走る。走る。

屋上だ!ビルだ!ビルの屋上だ!アカツキだ!目を閉じる!

ドンッと音がして、ドアが開いた。


そこは温かいオレンジ色の陽光に包まれた屋上だった。


「やーっと私を見つけたな!」


そこには金髪ボブのバニーガールの女がいた。


「えっ、キューさん?」


チャトは思い出した。そうだ、初ダイブだ。

これは夢だ!


「やっぱお前はリンクしやすいタイプだった!よっしゃ!良い子だ!」


そう言って笑いながらチャトの頭をグシャグシャと撫でた。


「アレだな、お前の夢魔は。」


キューがチャトの後方を鋭く見ながら言った。

振り向くとそこには黒い亡霊とぐにゃぐにゃになった父母がいた。

屋上のドアに見えないガラスの板があるかのように、開け放たれたドアの向こうに張り付いている。こちらには来れないようだ。


「さーて、こっからが私の仕事だ。見てなチャト!」


そう言って金髪バニーガールのキューは右腕をブンブン振り回しながら夢魔と呼んだ亡霊達に近寄っていった。

足取り軽く、颯爽と、そして力強く。

するとブンブン振っていたキューの右腕が一瞬でバズーカを持っている。

ニヤリと笑って夢魔を一瞥すると


「どっかーーーーん!!!」


そう言ってキューはバズーカを亡霊達に向かって放った。

バズーカからはコミカルなピンクや黄色の星が飛び出した。

Bom!という吹き出しと一緒に。

バズーカの直撃を受けた亡霊達は何か呟きながら霧のようになり消えていった。

キューは振り向き、バズーカの先にフッと息を吹きかけ言った。


「よし!完了!チャトよく頑張った!こっち来い!」


夢の中とはいえ、何が起こったのかという表情のチャトはキューに近寄って行った。


「おつかれさん。さて、次行こうか!」


そう言ってチャトの腕を掴むと思いっきりジャンプした。


頭からつま先まで風が強く吹き付ける。

屋上が遥か下方になり、オレンジ色の空に飛び込んだ。


「私の世界へようこそ、チャト。」


キューの声が聞こえた。

ビュンビュンと吹き抜ける風のように、空を飛ぶ。空を飛んだことなど無いが、とても気持ちが晴れ晴れとする。自由という文字が自然と浮かんできた。

腕はいつの間にか離され、横にはキューが居た。

空はいつの間にかオレンジと紺色のグラデーションに変わり、星々が煌めき、ピンク色の雲とオレンジ色の雲が浮かんでいる。


「ちょっと話そうか」


急にそう言ってフワリと空中で静止すると、キューはピンクとオレンジの雲を手招きし、近寄ってきた雲に座った。チャトも同じく座った。


「なんか飲むかー」


そう言うとチャトは何も無い所から真珠色のティーカップを2つ出し、1つをチャトに手渡した。

飲んでみると中身はカルピスだった。


「あ、星も食えるぞ!」


そう言って手を伸ばすと何かを摘み、チャトに手渡した。小さな星型のラムネだった。


「あのー……」


チャトは恐る恐るキューに話しかけた。


「あー、聞きたいこといっぱいあるだろうけど、全部夢だからな、気にすんな」


そう言うとキューは少し神妙な面持ちで話を続けた。


「実はな、今更だけど、お前のこと助けてくれって頼まれてな」


「え、誰にですか?」


チャトは思わず問いかけた。


「んーっと、まぁ……、会うか!ほれ!」


キューはチャトの後ろを指差した。

後ろを振り向くとそこは空中ではなく、古い民家の縁側だった。見た事がある。チャトの祖母の家だ。


「優ちゃん!」


縁側の先に立っているのは祖母だった。

まとめた白髪頭に割烹着。

懐かしい……。どうしてこんなに懐かしいのか分からない。嬉しさと懐かしさで涙が出る。涙が止まらない。おばぁちゃんだ!


「おばぁぢゃん!会いたがっだ!」


チャトは祖母に縋り付き、泣いた。もう祖母より大きいのに、まるで子供の頃のように祖母の腹のあたりにしがみつき、わんわんと泣いた。


「おばあちゃんはね、優くんがただ生きていてくれるだけでホントに嬉しいのよ。何者にもならなくていいのよ。もう親の為に頑張らなくて良い。自分の為に生きなさいね。」


そう言って優しくチャトの頭を何度も撫でた。


「本当に、この子を助けて下さって有難うごさいます。この子をよろしくお願いします」


チャトは、その声が聞こえたと同時に目が覚めた。




自分が泣いているのが分かった。

涙が溢れて止まらなかった。


「おばあちゃん……!」


かすれた声で呟いた。


「おー、起きたかー!」


すぐ隣で声が聞こえた。

キューのツインテールがボサボサになっている。


「初ダイブお疲れさん!」


そう言ってチャトに水を手渡した。

キューは自分の水をペットボトルからがぶ飲みした。

そういえば、喉が渇いている。

チャトも水を欲しいままにがぶ飲みした。

水を飲み、一息ついたところでチャトはキューに向き直って言った。


「おばあちゃんが、キューさんに僕を助けてって頼んだんですか?」


キューはまだ水をちびちびと飲みながら気だるそうに言った。


「私がイケメンマッチョに囲まれてエロハーレムしてる夢を見てたらさ、いきなりばぁさんが割り込んできてさぁ……」


また1口水を飲んで続けた。


「んで、どうしても孫を助けて欲しい、今から死のうとしてるって。手を合わせてずっと頼んでくるわけよ。さすがに人として断れないよなぁと思ってこうなったわけ!」


キューはそう言って、何でもない事のようにまた水を飲んだ。


「でも……おばあちゃん、死んでるんです」


チャトはまた涙が溢れてきた。


「んなこたぁ分かってるよ。夢枕って分かるだろ?」


キューは続けざまに言った。


「死んだ人が夢に出てくるアレ!アレも夢だ。要するに、私の仕事だ!」


更に続けた。


「ドリームサービスのキャッチフレーズ!夢でもいいから会いたい人、いますか?叶えてみせますドリームサービス!」


拳を胸の前でぐっと握り、キューはニカッと笑った。

チャトは、歯並びがキレイだな、と思った。


「さて、チャト君!君は素質があるようだ!正式にうちのペット兼社員として迎え入れよう!」


キューはチャトの背中をバンバンと叩いた。


「え、社員て、僕まだ17歳ですよ?!」


チャトは驚いたように言ったが、もっと驚いたのはキューだった。


「ふぁ!?まじか?!あっぶねー!手ェ出してたら私、犯罪者じゃん!早く言えよ!!」


キューはそう言うと、チャトから飛び退いて離れた。


「いや、聞かれなかったし……」


チャトはブツブツと何か言っていたが、キューが遮って大きな声で言った。


「とりあえず何か食いに行くぞー!」


そう言って半ば無理やりチャトを連れ出した。



ビルの外に出たら優しく風が吹き抜けた。

気持ちが良くて息を吸いこんだ。

見上げた空は、温かいオレンジ色にピンク色とオレンジ色の雲が浮いていた。夕焼けだ。


ふと疑問に思いキューに話しかけた。


「キューさん、これは夢の中ですか?」


「いいや、今は夢の夢、現実だよ」


「この綺麗な空、夢で見ました」


「現実にあるのに、見えて無かっただけだろ」


キューはそう言ってニコリと優しく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る