第2話 変なパジャマ

雨上がりの街はキラキラと輝いて、同じくキューもキラキラとした瞳でコンビニ袋を踊らせながら歩いている。口に棒付きキャンディをくわえて。黒いロリータファッションで。

ツインテールが楽しそうに揺れている。


1番大きなサイズのコンビニ袋にはペットボトルが5本とお菓子。ペットボトルはミネラルウォーターだった。


「紅茶って言ってましたよね?なんで水買ったんですか?」


チャトはキューに問いかける。


「こまけぇこたぁいいんだよ」


この人はめんどくさくなるとこう言うんだろうなと思ったチャト。


程なくビルに着いた2人はまた汚いエレベーターに乗り込んだ。

その時チャトは古いビルの壁面に「アカツキビル」と書いてあるのを見つけた。

7階ドリームサービスのドア前に着く。


「たっだいまー!」


キューはガチャっとドアを開け、大きな声で誰も居ない応接室に入った。


「ほれ、チャトもタダイマ言え!挨拶は人としての基本だぞ!」


この人に言われるのはちょっと、という面持ちでチャトは呟いた。


「ただいま……です」


ドカドカと奥に進み、キューは先程仕事部屋と言っていた部屋のドアを開けた。


そこは花の匂いが充満した6畳程の薄暗い部屋だった。

応接室と同じく紺色の壁紙に黒い大理石の床、天井には星空を思わせる模様が描かれており、紫の毛足の長い丸いカーペットが敷かれ、その横には装飾の施された黒いベットフレームのセミダブルベッド。シーツと枕は黒いベルベットに紫の刺繍が入っている。

ベッドサイドにある黒いチェストの上には小さな銀製の香皿があり、香が燃えた後の灰が残っていた。


「靴脱げよー」


キューは履いていた底の厚い靴を脱ぎ、ドアの脇に置いた。チャトも見習って履いていたグレーのスニーカーを置いた。


「さて、君の初体験を頂こうか!服を脱げ!」


キューはそう言うとニヤリと笑った。


「えっ、あの、えっと、どういう……」


チャトはどうしたらいいかわからず、顔を赤らめる。


「ばーか、勘違いすんな。初ダイブだよ」


キューはケラケラと笑った。

そういえば、雨に濡れたままの生乾きの服だ。


「コレに着替えなー、たぶんピッタリサイズ!」


そう言ってキューは黒猫の大きなアップリケのついた黄色のパジャマを渡してきた。


「え、コレ今着るんですか?」


こんな変なパジャマを?という顔だ。


「そーだよ、早くしろ。安心しな、私ちょっとあっちで準備してくっから!」


そう言ってコンビニ袋を置いて部屋を出て行った。


仕事部屋と言っていたが、明らかにいかがわしい雰囲気の部屋。準備ってなんだろう。そういえばお風呂にいれるって言っていたのに入ってない。この匂いはなんの花の匂いだろう。


そんな事を考えながら、どこに売っているんだと思うようなパジャマに着替えた。


ちょうど着替え終わったところにキューが戻ってきた。


「お、やっぱりピッタリだ」


そう言って、何故か少し悲しそうな顔して笑った。


「さてさて、では始めようか!」


気を取り直したようにキューが手を叩いた。


「さ、ベッドに入れー」


チャトはどうしたらいいかまだ分からない様子だが、戸惑いながらも大人しくベッドに潜り込んだ。


キューは部屋の隅からよっこらしょと何か大きなピンク色の物を取り出し、紫のカーペットの上にドサリと乗せた。一昔前に話題になった「人をダメにするソファ」だ。


「さてと、では始める前に……」


キューはそう言って、小箱を取り出すと、パキパキとアルミのシートから錠剤を取り出した。


「このやっすいヤツが1番効くんよ」


そう言って先程買ったペットボトルの水で錠剤を飲み込んだ。


「お前を拾う直前まで寝てたから、コレないとキツイっすわー」


そう言って見せてきたのは鼻炎の薬の箱。

さっき部屋に大量の空箱があった。


「いいか?今から始めるが、まず目標は夢で私と出会う事だ。寝ているのに起きていて、起きているのに寝ている状態にする。できるだけ私とリンクさせるから、夢に呑まれるな。」


何を言っているか分からないチャト。


「あの、ちょっとよく分からないんですが……」


「まぁ、いいから目を閉じて、私の声を聴け。」


チャトは言われた通り、目を閉じた。


「まずは全身の力を抜いていく。一気には無理だから、まず首、顔、肩。……そう、その調子、繰り返して……」


言われた通りに順番に力を抜いていくチャト。シュッという音がして、その後花の匂いが強く香ってきた。


「腕、手のひら、指、腹、尻、太もも……」


少しキューの声が遠く聞こえ始めた。


「息を深く吐いて、深く吸う。ゆっくり、ゆっくり……吐く度に全身の力が抜けていく。」


何度か繰り返すうちに、チャトは閉じた目の中にユラユラと何か見え出し、瞼が重くなっていった。


「黄昏は暁、暁は黄昏、闇夜に光る陽光、陽光に被さる闇夜、黒は白で、白は黒……」


そんな呪文のような、子守唄のような声が聞こえたところで、チャトは夢に潜り落ちていった。





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