オジサンのプロポーズ(KAC20243参加作品)
高峠美那
第1話
「十八歳の誕生日おめでとう」
そう言って、小さな箱をポケットから取り出した
窓からは潮の匂いがする。九月に入ったのに、ここ与那国島はまだまだ熱い。
同じ日本だというのに、大自然が残っていて、透き通った海と、どこまでも続く真っ白な海岸は空の青に反射して眩しいほどだ。
予想通り、びっくりして目を見開いて固まっている尚子の唇のすみに手を伸ばす。
「生クリームがついてるぞ」
指先についたクリームを瀬戸が舐めると、真っ赤になった尚子がホークを床に落とした。
「なっ。も、もう! そうゆうカッコいいことさり気なくやるのやめて!」
「カッコいい? 俺が? 俺は尚子より十も年上のオジサンだぞ?」
「…瀬戸先生がオジサンなら、世の中の男はみんなオジサンだよ」
「ふーん。まあ、ハワイに行きたいって言った尚子の願いが与那国島になって悪いな」
「えっ。ぜんぜん! ハワイって言ったのも冗談だったのに…。休みとってくれて嬉しいよ!」
尚子は店員が差し出した新しいホークで、ケーキのイチゴを口に入れた。大きいイチゴに苦戦しながら、甘酸っぱさとクリームの甘さを堪能している。だが…あきらかに、目の前に置かれた小さい箱が気になっているようだ。
微笑ましい仕草だ…と思うのは、それだけ瀬戸が年をとったのだろう。
ケーキを食べ終わると、小さなリボンがついたその箱を両手で包む。
「えーと、これは…誕生日プレゼントでいいの?」
違う…と言えば早いのだが、やはり彼女の反応を楽しみたい。そう思ってしまう所がすでにオジサンなのだと自嘲する。
「…尚子の指のサイズにあわせて作ったんだ。開けてみて」
尚子はこわごわと小さなリボンを解いて箱を開けた。
「キレイ…」
「それを受け取ってもらえたら、オジサンは最高に幸せなのだが?」
「…本気にしちゃうよ?」
おや…これは、かわいい反応だ。
「来年こそは、ハワイにつれていくよ。結婚一周年としてね」
ザザザ…と打ちよせては引く波の音に、「うん…」と言った尚子の声が重なった。
与那国島では、楽しみにしていた海中遺跡を見れて大喜びだった尚子。石垣島や西表島も観光し、名残惜しい気持ちで帰りの飛行機に乗ったのを、今でもおぼえている。
あれから…何十年たったのだろう。まさか、尚子を先に送るとは思わなかった。
あの箱よりも大きいが、尚子の遺骨が入った木箱を胸に、瀬戸は、はしゃぎながら船に乗っていた三泊四日の旅を思い出していた。
尚子と一緒になれて幸せだった。
「君も、幸せだったのであれば、オジサンは最高に幸せなのだが…」
小さな木箱に収まった尚子は、あの時のように答えてくれない。
それでも、思い出すのはいつも笑っている尚子の笑顔だ。
「大丈夫。もう少し待っていてくれれば、俺もそちらに行くからね」
あの時と同じ…潮の香りに包まれながら、瀬戸は自宅から近い海岸をゆっくりと歩いた。
おわり
オジサンのプロポーズ(KAC20243参加作品) 高峠美那 @98seimei
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