エピローグ

 ───あれから二週間。

 結局、一連の誘拐事件の首謀者であるヴェントは禁固20年を言い渡された。

 人質は全員無事。ただ、あまりにも規模が大きいため、長い年数を課せられた形だ。

 ただ、攫った子供達の中には所謂「貧困層」の人間がおり、ヴェントに攫われてからマシな生活を送れたという声が挙がった。そのおかげで、減刑を求める子供達も何人か現れたそうな。

 それともう一つ。

 レティについては、事件に関与したとして魔法士団の席を剥奪、禁固十年を言い渡されたそう。

 ただ、ヴェントにも言える話ではあるが、戦場をも動かせる人間が牢屋に留めておくなど無理な話。それこそ、王国魔法士団レベルの人間が常に監視しておかなければ、脱走など容易にされる。

 ヴェントは本人が逃げ出す意思がないためまだ安心だが、レティは感情で動く人間。

 そのため、何故かクロが定期的に顔を出すという条件がつけられた。不満の声は、もちろんクロから発せられた。


 ───とはいえ、長きに渡った誘拐事件はこれにて閉幕。

 臨海授業も終わり、アカデミーでは平和な日々が再び訪れていた───


「はい、兄様……あーん、でございます♪」


 生徒会長室、そこにあるソファーにて。

 ご満悦な表情を浮かべる美少女が、やつれた男の膝に乗っかり、切り分けた林檎を口元に差し出していた。


「毎度言うが、妹よ……一人で食べられるものを二人の共同作業にするって凄く効率が悪いと思うんだが」

「あら、効率より愛情だと思います。スキンシップが増える度、妹は幸せになる生き物なのです♪」


 はぁ、と。クロは大きなため息をつく。

 それでも差し出された林檎を頬張るのは、一重に妹のやりたいことを尊重しているからだろう。

 なんだかんだ、妹想いの兄である。


「それより兄様」


 もう一切れの林檎を手に取り、アイリスは口にする。


「最近、またしても兄様の噂が広がっているようです」

「あ? また?」


 就任当初もかなり噂が立っており、あれから日にちも経っているにもかかわらず、今回も再び。

 どれだけ俺は話題沸騰要員なんだと、クロは首を傾げる。


「なんでも、島での一件がいまさらになって広がったみたいでして」

「あー、あれなー」

「薄暗い空間の中、閉じ込められている人間を救うべく颯爽と現れ、幾重にも張り巡らされた想定で相手を見事に撃破してみせた……そんな英雄譚が広まっています」

「ちょっと待て、あの場で起きてたのお前だけだろ!?」


 ミナは途中から目を覚ました。

 他の生徒は軒並み施設の中にいたため、クロの勇姿を見ているのは一人だけ。

 つまり───


「本当に、一体どこの誰が噂を広めたのやら……」

「膝に乗っているお嬢さんの胸の内に絶対心当たりがあると思うんだ……ッ!」


 しらばっくれる妹。

 端麗すぎる顔には、何やら楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「まぁまぁ、落ち着いてください。兄様もこれでアカデミーの人気者の一人……教師生活も、随分と楽になるのではありませんか?」

「……人気者になったらサボれんだろ、阿呆」


 初めはある程度ちゃんとやって、慣れてきた頃を見計らってサボる。

 そういう計画を頭に思い描いていたのだが、人気者になれば視線も増えてサボり難くなる。

 わざとやっているのだろうか? なんて思わずにはいられないクロ。

 最愛の妹に向かって、容赦のないジト目を向けた。


「はぁ……俺の自堕落ライフが遠のいている気がするよ」

「ふふっ、兄様のかっこいいお姿が見られて、妹は大満足です」


 本当に、と。

 アイリスはクロの頬にそっと手を添えた。


「あの時も、今も、これからも……兄様はずっと、私のお慕いする兄様です」


 柔らかく、どこか熱っぽい瞳。

 それが大人びて見え、クロは思わず妹相手に胸を高鳴らせてしまった。

 その時、不意にチャイムが鳴り響く。


「さ、さぁ授業だ! 妹の信頼に応えるために、今日も労働だぞぅー!」


 誤魔化すように勢いよく立ち上がったクロは、可笑しそうに笑うアイリスを無視して生徒会長室を飛び出した。

 廊下をいそいそと歩き、いつの間にか顔に昇った熱をなんとか下げる。

 そして、ようやく下がった頃には───一つの教室の前までやって来ていた。


 もう一度鳴り響くチャイム。

 クロは小さくため息を吐いて、気だるそうな雰囲気を醸し出しながら扉を開ける。

 ───やはり、労働というのは面倒くさい。

 一度気持ちが落ち着いてしまえば、待っているのは自堕落とは程遠い時間なのだから。


『おはようございます、先生っ!』


 教室のどこからか、そんな声が聞こえてくる。

 反射的に顔を向けると、そこには行儀よく座っている生徒達の姿。

 中には瞳を輝かせるミナの姿もあり……クロは何故か、口元が緩んでしまった。


「よーし……ちゃんと席に座っているな」


 クロは教壇の前に立ち、もう一度生徒達の姿を見渡す。

 そして───


「さぁ、今日も面倒くさいが……魔法の授業をしようか」




 自堕落な生活を望み、周囲から馬鹿にされてきた英雄。

 王国最高峰、その席に座る男は……今日もまた、生徒達の前で授業を行うのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 お久しぶりです、楓原こうたです。


 本編、これにて完結になります!

 最後までお付き合いしていただいた読者の皆様、ありがとうございました!🙇💦

 また次の作品でも、どうかよろしくお願いします!🙏🙏🙏

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