一件は終わって
目を開けると、夜空が広がっていた。
どこか焦げ臭い匂いが充満しているのは、恐らくクロが溶岩を広げた際に森が焼けたからだろう。
自分が大の字になって寝ていると自覚するのに、さして時間はかからなかった。
ヴェントは何度か瞬きをしたあと、徐に口を開いた。
「……殺さなかったんだ」
「殺すわけねぇだろ」
横には胡坐をかいて座るクロの姿。
「別に誰かを殺したわけでもないしな。王国の法律に則ったって、どんなに重たかろうが禁固刑だ」
「にしては、随分と楽な格好をさせてもらっているけどね」
「お前の魔法があれば、鎖に繋いだって意味がないだろ? っていうか、そもそも俺はロープを持ってない」
ヴェントの魔法は点と線。
一瞬にして座標を移動できる相手に、縛るなんて行為はそもそも意味がない。
鎖を引き千切られて別の場所に移動されるのがオチ。
つまるところ、殺さない限りヴェントを捕まえることなど不可能なのだ。
ただ―――
「……まぁ、いまさら逃げる気なんてないよ」
大の字に寝転がったまま、ヴェントは口にする。
「もういいさ、気は晴れた……わけじゃないけど、現実を思い知らされたよ。要するに、僕が行動するかしないかの問題だったって話だ」
どこか清々しそうな顔を見せる。
結局、ヴェントが一件を引き起こしたのは単なる過去の否定。
不幸ではあったが、自分だけが最悪な不幸ではなかったのだと。単にそれを証明したいがための行動。
結局、
そして、悪党は倒された。
―――そういう結末。
自分達だけが最悪な不幸だったというわけで、世界は意外と救いのある方へ回っていく。
「……人質は、結局殺さなかったんだな」
「殺す必要もないからね。僕は君を倒して最悪な不幸が自分だけじゃなかったって証明したかっただけだし」
だからこそ、レティの話に乗っかってこんな英雄のいる場所を選んだのだろう。
そして否定されてしまった今、自分がこれ以上何かをすることはない。
クロは「よく分からん話だ」と、決して相いれない感情を覚えた。
その時———
「あら、一足遅かった感じ?」
ザクリと、焦げた地面を踏み締めてカルラが現れる。
肩には小柄な少女が抱えられており、その少女を見てクロは思わず目を丸くした。
「い、生きてたのか……そいつ?」
「僕の協力者だからね」
「普通に
だから気を失っているのだろう。
先程からぐったりとしているだけで、ピクリとも動く気配がない。
「彼女もやられたのか……どれだけ化け物なんだ、君達は」
「誰、こいつ?」
「え、黒幕」
「なら一発ぶん殴ってもいいのよね?」
「待て待て待て、流石にこれ以上は鞭に鞭すぎる」
逃げる気もない人間に更なる追い打ち。
カルラの中ではどうやら少し溜まっていたみたいで、クロは慌てて間に入って仲裁に入った。
すると―――
「あ、に、さ、ま~!」
「ふぐっ!?」
徐に横っ腹に何かが襲い掛かった。
タックルというか突進というか。どこか聞き覚えしかない声と受け慣れている感触に、クロは思わず変な声が出てしまう。
「ア、アイリス……大丈夫か? その、怪我とか―――」
「あぁ、兄様の雄姿が見られて私の胸は先程から高鳴ってばかりです! どうしてこうも兄様は魅力的なのでしょうか!? ただ現れてくれただけで私はさながら塔に閉じ込められたお姫様のような気持になってしまいます感激で今日は眠れません寝かせませんっ!」
「……兄は元気に喜ぶべきなのか空気読めない部分に嘆けばいいのか分からないよ」
どこまでいってもマイペースな妹であった。
「あ、あの……先生」
その後ろから、おずおずと今度はミナが現れる。
どこか息も荒く、服には土で汚れたような箇所があった。
「その、お怪我とかないのでしょうか?」
「ん? 俺は大丈夫だが……ミナの方は大丈夫なのか?」
「は、はいっ! 一応、気を失っていただけで特にこれといった外傷はありません!」
ならよかったと、クロだけでなくカルラも胸を撫で下ろす。
やはり、生徒であり妹だからか? これでもしミナに傷一つでもあれば、第一王女の姫君は黒幕に対して容赦のない仕打ちをしたに違いない。
「それと、地下にいた人達は地上に連れ出しました。皆さん、私と同じで外傷とかもなく寝ているだけなので特段心配するようなことはないかと」
「流石だな、ミナ。偉いぞ」
「……えへへっ」
「兄様! 私も頑張りました! というより、怪我の多さと頑張り具合いは私の方が上ですので、更なる労いを要求します!」
「なんか厚かましいからやだ」
「そんなっ!?」
激しくショックを受けたような、絶望めいた顔をするアイリス。
とはいえ、クロもアイリスが一番頑張っていたのを知っている。家に帰ったら何か要望でも聞いてやるかと、さり気なく胸に抱き着く妹の頭を撫でた。
「あっ、そういえば私……兄様に言いたいことがありました」
「わ、私も! 先生とカルラお姉様に伝えたいことがあります!」
なんだろう? 改めて何かを言おうとする二人に、クロとカルラは首を傾げる。
そして———
「ありがとうございます、兄様。私達を助けてくれて」
「ありがとうございます、カルラお姉様、先生っ!」
ただのお礼。
そんなに畏まって言う話でもないような気がする。
カルラとクロは互いに目を合わせ、少しして思わず吹き出してしまう。
クロは、二人に向かって笑みを浮かべたまま、
「ははっ、馬鹿だな。妹と生徒を助けるのなんて当たり前だろ……それが、先生だからな」
人攫い、復讐劇、執着者の演出。
それらは月明かりの下で行われ、無事に幕を下ろす。
最後にはしっかりと、守りたい者の笑顔が見られ―――クロは此度も、己の願望を貫き通したのであった。
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