英雄VS悪党③
否定したかった。
自分の身に起きた悲劇は、決して自分達が最悪な不幸に偶然遭ったわけじゃないと。
きっと他の皆も、同じような目に遭えば同じような結末を辿るのだろう、と。
そうすればいつか、自分があの世で彼らに会った時に「災難だったね」と言えるから。
……いや、そんな綺麗なものじゃない。
許せないのだ、自分が。自分だけ間に合ってくれなかったという不幸が、許容できなかった。
だって、そうじゃないか。
自分達が最悪な不幸だったなんて……あまりにも、報われないじゃないか。
(だから、僕は……ッ!)
否定したい。
目の前の『誰かを助ける』ために存在している
投げ出される体。襲ってくる浮遊感。
高いのは高い……が、そもそも座標を移動できるヴェントにとって落下は意味を成さない。
ただし―――
「着地なんてさせねぇよ」
地面がしっかりと踏めるものであれば、だ。
クロの背後から突如吹き上がる溶岩。それらがゆっくりと地面へと流れていく。
(……なるほど)
いくら瞬間移動ができるといっても、魔法を発動していない間は重力の影響によって足をつけなければならない。
熱が伝導するよりも早く移動すればそもそも問題はないのだが、それはあくまで問題を先延ばしにしているだけ。
―――森が焼ける、溶ける。
ヴェントは咄嗟に木の上に座標をスライドさせたが、これも同じように時間の問題。
(……いいや、問題ない)
それなら、溶岩から離れて安全地帯から攻撃すればいい。
ヴェントは遠距離での攻撃スタイルを持っていないわけではない。範囲が広くなってしまうために滅多に使用はしないが、自分には座標上の線を削る方法がある。
(問題なのは、今回もまた本物かどうかって話だけど)
度重なるフェイク。
それによって、ヴェントの警戒心が引き上がっている。
(だったら何度も潰せばいい! すべてが偽物だっていう前提でうご―――)
その時だった。
「『
―――景色が変わったのは。
「……は?」
驚かずにはいられない。
当たり前だ、夜の森が一気にファンシーなものへと変わったのだから。
自分の足場にしていた木はいつの間にか丸い渦が描かれたキャンディーに変わっているし、ピンク色の空にはカラフルな鳥、地面にはパレードでもしているのか様々な動物が行進していた。
「似合わないだろ?」
行軍の中心地。
猿達に担がれた玉座にて、クロは苦笑いを見せる。
「本当はあんまり使いたくないんだよ、キャラに合わないからさ。だが、これならお前の魔法は封じられるはず。地面に圧し潰されている間に抜け出せなかった時点で、お前の魔法は『座標を正確に認識していないと発動できない』欠点付きだって分かったからな」
ヴェントは思わず唇を噛み締める。
この行動が、クロの言葉を肯定していた。
「ファンシーだからって油断すんなよ?」
獰猛に、空間に似合わない笑みをクロは浮かべる。
「この
ヴェントは知る由もない。
これがただ一人……たった一人の女の子を笑わせたかっただけのために作った魔法であることを。
魔法の「ま」文字も知らなかった少年は、絶望の底に沈んでいた少女に笑みを見せたかった。
結局、魔法を完成させる前に笑ってくれたために見せることはできなかったが、それでも
自分は、この願いがあったからこそ魔法士になったのだ———
「さぁ、籠の中が寂しくないようファンシーな生き物で彩ってやろう」
「ッ!?」
自分の常識外の空間。それによって転移が封じられたヴェントへ、滑空してきた鳥が向けられる。
それを首を捻ってヴェントは回避した。
「な、んだよ……この魔法は……ッ!」
飴の持ち手に突き刺さり、ヴェントごと地面へ薙ぎ倒される。
そして、今度はそこへ―――動物の群れがやって来た。
種類は様々。しかし、そのどれもがヴェントの体を優に超える。
「ばッ、ごッ!?」
ただの突進。ただの群れの移動。
最中に巻き込まれたヴェントの体が、何度も跳ねては当たり続ける。
「ふ、ふざ……ッ!」
少しの時間が経って吹き飛ばされたヴェント。
体には至るところに打撲の痕があり、額からは血が流れてきている。
「ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
ヴェントは大きな紐を引っ張るかのように腕を引く。
すると、群れの動物の胴体がコンマ数ミリが消え去った。
―――線。
本来であれば、これで胴体からは血飛沫が上がり、生き物の命など余裕で刈り取れる。
だが、あくまでここはクロの創り上げた空間。
そこから生まれた動物に、まともな命があるわけがない。
切られてもなお、切られていないかのように勢いを止めない。
「僕達だけが特別な不幸だなんて認めないッ!」
弾き飛ばされた。
地面を何度もバウンドし、さらにボロボロになって体を上げる。
正面からは、動物の群れ。注視していると、肩に滑空してきた鳥のくちばしが突き刺さる。
それでも、ヴェントは線を引き続けた。
「あぁ、分かっている! 僕がやっていることは単なる自己満足で身勝手で愚鈍なことだッ!」
だけど、認めたくなくて。認めほしくなくて。
自分が救われなかったというのに、他人が救われるのが許せなくて。
だからこそ、否定したかった———
「最悪な不幸を覆してみろよ、
そして、
「否定してやるよ、クソ野郎」
ゴッッッ!!! と。
ヴェントの脳天に鈍い音が炸裂した。
「否定したいんなら、自分が知らない誰かの笑顔を守ってみろ。そうすれば、少なくともこれからは最悪な不幸はなくなるだろうよ」
薄れいく意識の中。
ヴェントはぼやけた視界の中で、大きな槌を担いでいる
(あぁ、ちくしょう……)
自分が焦がれ、願い、差し伸べてほしかった相手。
どうしてか、ハッキリと……クロの姿こそが求めていた相手なのだと、思ってしまった。
(ほ、んと……クソ野郎だな、僕は)
―――意識が途絶える。
もう、動く気配は感じられない。
その姿を見て、クロは吐き捨てるように口にする。
「子供達を殺す気もない悪党に、俺が負けるわけねぇだろ」
こうして、一つの戦いが無事に幕を下ろす。
誰かの笑顔を守りたいと願う、
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