舞踏者VS執着勢②

「な、にが……ッ!?」


 抉られた右半身。

 それを見て、思わずレティは目を丸くする。

 この巨体は、見た目同様ちょっとやそこらの攻撃で傷つけられるようなヤワな体はしていない。

 強靭で、強大で、なおかつ俊敏で。レティが本気を出す際に最も使い慣れた肉体データ

 にもかかわらず、だ。

 ごっそりと持っていかれた。ッッッ!!!


「言ったでしょ、もう願望が分かっちゃったって」


 カルラは優雅に、見蕩れるような姿で、踊り続ける。


「あなたも馬鹿よね。行動指針とセリフが安易に繋がりすぎ……そんなんじゃ、私だけじゃなくて道端で出会った子供にだってバレるわよ」


 何を言っているか分からない。

 というより、ッ。


「あなたの願望まほうは、モノマネの延長線上」


 体が動かないにもかかわらず、カルラの攻撃はやって来る。

 黒い剣が体を突き刺し、徐々に下に敷かれた魔力の膜が自分の体を侵食し始める。


「要するに『好かれるために相手の理想に成ろう』ってことでしょ? 物は形から……なんてよく言うけど、あまりにも安直だと思うわ」


 願望は水源。

 溢れる水を確実にせき止めるには、元を絶ってしまえばいい。

 願望を加えた魔法は既存の魔法よりかは強力である反面、知られてしまえばお終いな弱点が存在してしまう。

 水源が分かれば、止める方法など無数に思いつかれるから。

 それが知られてしまった時点で、魔法士は───


「その願望を落とし込み、データとして保存する。変態というよりかは上書きよね? それで、あなたの自動オートはデータにないノイズが入れば反応するってだけの簡単なもの」

「は……? だ、だったら、どうって言うんです!?」

「だったら、ノイズが違和感のないものだって認識させればいいだけでしょ? そんなの、脳に送られる伝達信号を弄ればいとも容易く解決するわけなのだけれど?」


 カルラの魔法のステップは、何も相手の筋肉操作の強制停止だけではない。

 元より、脳に送られる伝達信号の操作。

 魔法は体内の魔力を使用して事象を起こすが、あくまで発動させているのは脳だ。

 脳にすべてが詰まっており、「やりたい」という意思をもって初めて魔力が魔法を生み出してくれる。

 ならば、脳に送られる伝達信号を操作してしまえばいい。

 具体的には、ものとして判断させるとか───


(なんなんですか、こいつッッッ!!!)


 体に走る、確かな痛み。

 苦痛には慣れっこだが、今レティの頭を支配している恐怖は、まったくの別物。


 ───すべてを暴かれた、剥き出しの自分を見られている恐怖。


 カルラのステップは、終わっていない。

ロワ』が踏まれて以降、まだ止まっていない。

 つまるところ、レティがなんとかしなければ自分は為す術なく殺されてしまう。


「ふ、ざけ……」


 残った半身にある目に剣が刺さる。

 それでも、獣は吠えた。


「ふざけんなよクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 吠えて、剣が刺さったまま、突貫する。

 体の修復は行われていない。それでも、踏み締めただけで地面を砕いてしまう足を向ければ、あんな華奢な体など容易く壊せる。

 だからこそ、これ以上をされないためにもレティはカルラを殺すことだけを考えた。

 しかし───


「だから言ったでしょう?」


 ゴリッ、と。

 地を駆けていたはずの残りの足が消える。


「あなたの願望まほうは分かったって」


 もしも、レティが己の言動に注意していれば、このような呆気ない話はなかったかもしれない。

 最年少。魔法を学んで二年ほど。

 この異例とも言える経歴が、経験不足を促す仇となってしまった。


「……気持ちは分かるわよ」


 レティの体が、幼い少女のものへと変わる。

 腕や足に刺されたような痕が残り、服には血が滲んでいる。

 図体が大きかったからこそ、元の戻った際の傷はまだ少なかったのだろう。


英雄クロはかっこいいわ、私だって惚れてるもの。だからきっと、助けられた人からしてみれば執着してしまうほど眩しいんでしょうね」


 だけど、と。

 カルラは倒れるレティに向かって───


「やっていいことと悪いことの分別ぐらいはつけなさいよ、大馬鹿者ガキんちょ


 レティの頬に涙が伝う。


(い、嫌だ……)


 体を起こし、後退るように目の前の女性カルラに向かって首を振る。


(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッッッ!!!)


 死ぬことは怖くない。

 痛いのも怖くない。

 ただ、執着していない彼に殺されるのではなく、こんな女に殺されるのだけは嫌だ。

 自分がなんのためにここまでしたと思っている?

 ただ、英雄ヒーローに自分を見てほしかっただけなのに。


 ───レティはまだ幼い。


 感情の思うがままに、善にも悪にも転がってしまうような子供。

 ある意味子供の我儘だけで、今ここまで足を運んできた。


 故に、成し遂げられなかった絶望は計り知れない。


「ぜっ、たいに死ねない……ッ」


 死んでたまるか。


「執拗に、執着……私は、愛と恋に盲目で胴欲な執着勢だクソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 そんな思いが、レティの足を動かした。

 背中を向け、ただの子供の足で恐怖の舞台エリアの外へと走る。


「舞台はこれにて閉幕」


 しかし───


「あとは躾の悪い子に反省会おしおきしなきゃ」


 ド、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!! と。

 ただの少女となってしまったレティに向かって、逆らうことのできない暴力が襲い掛かった。

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