G(黒いアレ)を捕まえたバケツ

バンブー

Gの入ったバケツの話

「ぎぃやああああ!?」


 1人の女子中学生が踏まれた猫のような叫び声を教室に響かせる。


「どうしたのミヨ?」


 近くにいた眼鏡をかける女子中学生が、猫のように叫んだミヨに声をかけると、泣きながら抱きつかれる。


「ナナナナ、ナツ! じ、じじじ、G!」

「じぃ?」

「ゴキブリだよ! ゴキブリが出たんだよ!」


 半狂乱で叫ぶミヨに、耳元で叫ばれても顔色1つ変えないナツが尋ねる。


「どこ?」

「思わず近くにあったバケツをかぶしたの! もう無理、私あけられな〜い、はっは〜ん!」


 泣きながらミヨがそう言いながら、床にひっくり返してある青いバケツを指指した。その光景にナツの眼鏡が光った。


「ミヨ、運動神経も反射神経も悪いのによく捕まえられたね」

「知らないよ! 何かアイツ動かなかったからとっさに被せたんだよ! 火事場の親心っていう奴!」

「火事場の馬鹿力って言いたいの?」


 とにかくミヨを落ち着かせつつ、ナツは尋ねた。


「カブトムシの箱って話してる?」

「なにそれ知らないよ! 今はGの入ったバケツの話をしてるんでしょ!」

「私達がそれぞれカブトムシが入っている箱を渡されたとするでしょ」


 ミヨの言葉をガン無視してナツが話し出す。


「それぞれ蓋を開けて中身を確認したら、皆はそれをカブトムシだって言うでしょ? でも、皆が同じイメージのカブトムシとして伝えたとは限らないって話」

「……どゆこと?」

「ミヨの持っていた箱にはおもちゃのカブトムシが入っていたかもしれないし、私の持っていた箱には角のないカブトムシのメスが入っているかもしれない。それぞれ違う認識で伝わってしまっているかもしれない」

「……どゆこと?」


 ポカンとするミヨに対して、更にナツが真剣に説明する。


「例えば私が怪我をして、それをミヨに『痛い』って伝えたとする。でもミヨは私の痛みを100%理解は出来ないでしょ?」


 そこまで説明してミヨは恐る恐る頷く。


「う、うん、痛いのは想像出来るけど、ナツがどれだけ痛いとかは……結局想像になっちゃうね」

「そう、これはどれだけ相手に言語で説明した所で、必ずしもその回答が正解だとは限らないと言う事。自分のクオリアは共有出来ないんだよ」

「えっと……つまりどう言うこと?」

「私はミヨの言っている事は信じていないと言うこと」

「ちょっとそれひどくない!」


 怒るミヨにナツは冷めた目で見つめる。


「だってミヨ……昔テンガロンハットを被ったデブのおっさんの幽霊を見たってわけわからない話してたし……運動音痴で不器用なミヨがゴキブリを捕まるなんて……ね? またぼーっとして妄想と現実の区別が……」

「だってテンガロンハットのおじさんは本当に見たんだもん! それに今回はちゃんとした黒くて触覚の生えたGなんだよ! 間違いないんだって見てみてよ! ナツ、もう何でも良いから奴を処理して!」

「えー……」


 渋々ナツは自身の上履きを構えて忍び寄り、バケツを開けた。


「こ、これは!?」


 表情希薄だったナツが驚き固まる。


「な、何やってるのナツ! 早く潰してよ!」


 ミヨが叫ぶが、ナツが黒いそれを拾い上げる。


「いやああああああ!?」

「ミヨ、これGじゃない! カンボジアに生息していると言われてるバッファローツノゼミだ!」


 興奮気味にミヨの眼前に脚を動かす黒い立派な角をはやしたツノゼミを差し向ける。


「いぎぃやああああ!?」

「何でこんな教室に居たんだろう? 外来種だし、とりあえず先生に報告しようか」


 特定外来生物を見つけたら、生きたままの運搬は禁止されている為、発見した地点の管理者や行政に報告しましょう。

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