第4話 虹色あじさい

 せっかくのピクニックだったのに。

 きのうから降り続く雨を、もも子はうらめし気にみつめた。きょうはルルちゃんと、「オタカさんの湖」へピクニックに行く約束をしていた。けれど降り続く雨は、いっこうに止むことなく、きのうのうちに中止になった。

 大家のオタカさんのお屋敷の裏手には湖がある。このあたりでは一番大きな湖で、春から夏にかけて、色とりどりの花が咲きほこった。このあたりに住むひとは、親しみを込めて「オタカさんの湖」と呼んでいた。

 けれどこの続く雨の影響で、水位は上がっていた。もし雨があがったとしても、危険だからと、ルルちゃんのおうちからも、はな子からもピクニックの中止がいいわたされた。

 もも子の右手には、ピクニックで使う予定だった籐のかごがにぎられている。このかごにおいしいものを入れて、ルルちゃんと湖のほとりで食べるつもりだったのに。

 この籐のかごは、この前はな子と一緒に家の物置を整理しているときに見つけた。もも子が持つのにちょうどよいサイズで、角型のふた付きになっている。

 「このかご、すてき!」

 もも子は一目見て、籐のかごが気に入った。

 「あら、なつかしい。こんなところにしまっていたのね。もも子は覚えていないかもしれないけれど、これを持ってピクニックに行ったことがあるのよ」

 その話を聞いて以来、もも子はこのかごを持ってピクニックに行くことで、こころがいっぱいになった。

 「今度このかごを持って、ルルちゃんとピクニックに行ってもいい?」

 ルルちゃんのおうちにも了解をもらい、せっかく準備をしていたというのに。

 6月の梅雨の季節だからしかたなかった。準備して作った梅ジュースも、棚にもどした。きょうは、はなもも屋もお休みで、お店番もなく、いっぺんにたいくつな日になった。



 「もも子、もも子! でかけるよ、籐のかご持ってきてくれる?」

 お昼近くになったころ、はな子がもも子に声をかけた。

 「え? でかける?」

 おどろいたもも子は、はな子のいる台所へ行った。台所はおいしそうなにおいがただよっている。台の上には、さまざまな食べ物がならべられていた。

 「これ、おねえちゃんが作ったの?」

 「ルルちゃんとのピクニックはまたにして、きょうはわたしとピクニックに行こう。行きたいところがあるの、付き合ってくれる?」

 「でも…まだ雨が降っているよ」

 「水辺には近づかないから大丈夫よ。雨の日でもピクニックはできるよ。雨の日を楽しみましょう」

 もも子は目をまるくした。おねえちゃんって、おしとやかそうに見えるけれど、ときどきびっくりする行動力がある。おねえちゃんって、やっぱりかっこいい。

 はな子は作業台に広げたお菓子類を、かごにつめはじめた。

 「いつものお菓子とちがうね!」

 「せっかくのピクニックだからね」

 くるみいっぱいのブラウニー。米粉のにんじんブレッドのサンドイッチ。レモンのはちみつ漬け。そして高菜漬けで巻いたおにぎりもあった。

 いつもの和菓子ではなく、洋菓子だ。ブラウニーはどっしりとした菓子で、はな子たちの両親が仕事で行っている外国の味だ。

 「前にお母さんに作り方を教えてもらったの。わたしだって、ケーキを焼けるんだから」

 はな子はめずらしく、じまんげにいう。

 そして高菜漬けのおにぎりは、やさしいおばあちゃんの味だ。

 はな子は、棚にもどされた梅のジュースを取り出すと、小さなビンにうつしかえた。

 「さ、ピクニックに行きましょう」



 もも子は空色のあまがっぱを着ることにした。

 梅雨になる前に、あまかっぱと傘を買ってもらった。きょう初めて使う。もも子はこころがうきうきし始めた。

 「かごがぬれちゃうから、わたしが持つね。かっぱの下に入れる」

 「じゃあお願いね。重くなったらいってね」

 おいしいものが入っているんだから、少しくらい重くてもへっちゃらだ。

 外は雨のにおいがした。それに草花の新芽のかおりが広がる。

 もも子は地面のぬかるみに気を付けながら歩いた。新しい長ぐつを、できるだけよごしたくなかったから。

 「おねえちゃんの行きたいところって、もみじ寺?」

 「そう。おばあちゃんのお墓参り。ピクニックはそのあとね」

 「高菜漬けのおにぎり、おばあちゃん作ってくれたね」

 「うん、おいしかったね」

 ふたりはおばあちゃんのことを話しながら、もみじ寺に行き、お墓参りをした。そのままもみじ寺からつづく小道を歩いた。そのころになると、雨も小降りになってきた。黒雲がうすくなり、あたりが明るくなる。

 もみじ寺に、小道があるとは知らなかった。はな子の後ろを歩きながら、もも子はあたりをみまわす。人の手のゆきとどいた雑木林は、雑草も少なく歩きやすい。しばらく軽い上り坂がつづく。

 はぁ、はぁ。息があがる。

 「もも子大丈夫? 荷物おもくない? 代わろうか?」

 「大丈夫。どこに行くの?」

 「もう少し、この坂を上ったところ」

 もも子は籐のかごを抱えて坂の上をみた。もう少しだ。

 そして坂を上り終えたところで、もも子はおどろいた。

 「うわー。きれい・・・」

 坂を上った先には、一面のあじさいが広がっていた。赤紫や青、奥にはひっそりと白色のあじさいも咲いている。

 「もみじ寺の秘密の場所。あじさいの花園なのよ」

 はな子は目を細めてあじさいをながめる。その横顔は、やさしいおばあちゃんに似ていた。

 雨の日のあじさいは、色あざやかに生き生きとしていた。葉に落ちる雨粒は、ころころと葉脈をつたい、転がり落ちる。耳をすませば、雨音が音楽に変わる。雨の日だから、この景色にであえた。

 「すぐそこに大きな木があるから、その下でお昼ごはんにしようね」

 もも子が待ちに待った、お昼ごはんだ。しきものを広げ、かごのなかのごちそうをならべた。

 まずは梅ジュースを一口。疲れた身体に、あまずっぱいジュースは格別だ。

高菜漬けのおにぎりは、かむたびにパリパリと音を立てた。のり代わりに巻かれた高菜漬けは、ほんのりおしょうゆの味付けだ。

 くるみのブラウニーはしっかりと甘く、食べ応えがある。

 にんじんブレッドはスパイスが効いていて、外国の味がした。はな子がいつも作るお菓子とは違い、しんせんな気持ちになる。

 それに加えて、外で食べるという解放感が、いっそうお昼ごはんをおいしくさせる。小雨は降り続いていたが、大きな木のおかげで雨を気にする心配もない。新緑のかおり、雨のかおりが心地よい。

 「雨のピクニックも悪くないね」

 「雨だって悪いことばかりじゃないでしょう? 雨だからって、あきらめることもない」

 「うん。雨の日のあじさいって、いつもよりキラキラしているね。いろんな色のあじさいで、虹がかかったみたいに見えた」

 「虹? …あじさい…。雨の日は、あじさいが虹になる…」

 はな子が、なにかを考えるように空を見上げた。

 「どうしたの、おねえちゃん」

 もも子の問いにも答えず、はな子は考え込んだ。

 「虹色あじさい」

 「?」

 「新しい和菓子のイメージができた! もも子、ありがとう。もも子のおかげで、次に作りたいものが思いついた」

 はな子がもも子に鼻を近づける。はな子はいつも和菓子のことを考えているようだ。

 ふたりがピクニックを楽しんでいるうちに、雨雲はどこかへいっていた。あじさいの向こう側から光がさす。

 「ほんものの虹がでるかも!」

 もも子が空を指さす。光に照らされて、広がるあじさいが七色にかがやき始めた。

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はなもも屋2 わかさひろみ @wakasahiro

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