第3話 しあわせのおすそわけ
はな子の和菓子店「はなもも屋」は年に2回、とても大いそがしになる日がある。それは多くの人があるものをもとめて、大行列をするからだ。
その日を待ちわびる人々は、前の日から、大きなブナの木の前にならび始める。そして当日ともなると、大行列になり、列の一番最後がどこなのかわからないくらいになる。
人々はなにを待ちわびて行列をするのか。それは、「はなもも屋」の大家さんオタカさんの『しあわせのおすそわけ』をもらうためだった。
オタカさんは、大きな紳士のへびだ。
オタカさんは、だれよりもはな子の和菓子をみとめてくれていて、いつも買いに来てくれる。はな子はお世話になっているからと、お代はいらないと言うのだが、売り上げが家賃になるのだからと、かならず買っていってくれる。
そのオタカさんからの『しあわせのおすそわけ』とは何だろうか。
それは、年2回行われる、へびの衣替えのことだ。へびは季節の変わり目に脱皮をする。脱皮とは、古い皮膚をぬいで、新しい皮膚に入れかえをすることだ。
その脱皮した古い皮を、人々は待ちわびているのだ。
なぜなら、いままでこの皮を手にした人に幸福がおとずれており、それがうわさとなり広がって、いまでは多くの人がほしがる、縁起物とされていた。ある人は病気がなおり、ある人は試験に合格し、ある人はお店が大繁盛するときく。
だからそのうわさを聞きつけた人々は、われもわれもとオタカさんからの『おすそわけ』をほしがった。
この森の町内会には、「しあわせのおすそわけ本部」が設置されていて、この日になると、人々がうばい合ったり、けんかをしないよう、皮の配り方を決めた。
はな子ともも子は、このことを初めて知ったときは、目を丸くした。それくらい、森の一大行事なのだ。
「ちょっと小ばらが空いたな。おじょうちゃん、なにがおすすめかな?」
先頭にならんでいる人に、もも子は声をかけられた。
「焼き立てのお団子とか、お大福はいかがですか? あとは、おいなりさんもありますけど」
「福? こりゃ縁起がいいね。大福がいい。豆大福あるかい? 5つちょうだい」
「おじょうちゃん、こっちは、おいなりさんがいいな。ラッキー7で、7こほどくれる?」
こんな調子で、大行列前のはなもも屋では、和菓子がとぶように売れた。
だから、はな子ともも子はオタカさんからの『おすそわけ』をもらわなくても、十分にしあわせだった。
「ではみなさま、お待たせいたしました。これより『しあわせのおすそわけ』を、おわたしいたします」
町内会の本部の人の声で、いままでざわついていた人々がしずかになる。大きなブナの枝をすり抜けるように、大切に大切にオタカさんの皮が運ばれてくる。みんな白い手袋をして、まるで宝石をあつかうようだ。たしかに、その皮は、森から差し込む陽の光に、きらきらとかがやき、光る反物のように見えた。
おぉっ、人々が歓声をあげる。みんな、こころまちにしていたのだ。
はな子ともも子は、遠巻きにようすをみつめた。見るだけで、しあわせな気分になれた。
もも子はその人々のなかに、知っている顔をみつけた。
「ルルちゃん!」
行列のずっと後ろのほうに、友だちのルルちゃんのすがたがあった。
「あ、もも子ちゃん!」
「ルルちゃんも、オタカさんのおすそわけにならんでいるの?」
「ううん、わたしがほしいんじゃなくて、もらってきてほしいって、たのまれたの。お隣のおばあちゃんが、けがをしちゃって、早くなおりますようにって。自分でもらいに行けないから、代わりに行ってほしいってたのまれたんだ」
ルルちゃんらしいな、ともも子は思った。人のために、こんなにずっと待つなんて、わたしにはできるかな。
「はい、順番にね、あわてないでください。『おすそわけ』は十分にありますからね」
本部の人が、先頭の人から順に配り始めた。みんな、両手でていねいに、うやうやしく受け取る。
そして列はどんどん短くなり、受け取った人はちりぢりに帰っていく。
「はーい、今回はここまでです」
まだ列はつづいていたが、ある時点で『おすそわけ』がなくなったようだ。もらえなかった人は、口々に、もう少し早く来ればよかったと、残念そうだ。
そして何人かの人は、せっかくだからと、はなもも屋の和菓子を買って帰ってくれる。
はな子ともも子はお店に来てくれたお客さんの対応で、大いそがしだ。和菓子をつつんだり、新しい品を出すのに追われた。
ルルちゃんはもらえたのかな?
もも子は、ルルちゃんのことが気になりながらも、いっこうにお客さんはとだえない。
ようやくお店が落ち着いたころ、かたづけを終えた町内会の本部の人たちがお店に入ってきた。温かいお茶と、できたてもちもちの豆大福をだす。
「今回も何事もなく終わってよかったなー」
「うん、ほっとしたところに、この大福はうまいな! わたしたちには、この大福が『しあわせのおすそわけ』だな」
口々にはな子の和菓子をよろこんでくれる。
もも子はお店の外を見まわした。ルルちゃんはまだいるかな?
ルルちゃんは、ブナの根元にいた。
「ルルちゃんは、もらえた?」
もも子が近づくと、ルルちゃんは両手のなかのきらきら光った『おすそわけ』を見せてくれた。
「うん、ぎりぎりだった。ちっちゃい欠けらだけど、もらえたよ」
「きれーい! 近くで見たのはじめて」
もも子はきらきら光るおすそわけに、鼻を近づけて見た。宝石みたい。これはみんながほしがる理由がわかる。
「もも子ちゃんはえらいね、お店のお手伝いして、つかれていない?」
「ううん、全然! おいしいって言ってもらえるから、うれしいよ。それより、ルルちゃんのほうがえらいよ! おばあちゃんのために、あんなに長い行列、ひとりでならぶんだもん」
もも子からしたら、ルルちゃんのほうがよっぽど、えらいと思った。
「ふたりとも、えらいわよ」
ふり返ると、はな子がいた。
「はい、これはわたしたちから、ルルちゃんに『おすそわけ』」
そう言うと、はな子は紙ぶくろに入った、和菓子をルルちゃんに手わたした。
「うわー、おいしそう! わたしはこっちの『おすそわけ』のほうが、うれしいな!」
「さ、ふたりともつかれたでしょう? お店のおくで、お茶でも飲みましょう。おぜんざいもあるからね」
年に2回の一大行事は、たくさんの人を幸せにして、無事に終わった。
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