第2話 ぼたもちの気持ち

 ぼたもちって…ぼたもちって…。

 もも子は先ほどからテーブルの上に置かれた、ぼたもちを凝視していた。その表情はいかにもうらやましげで、にらみつけられたぼたもちは、居心地が悪そうにお皿の上にたたずんでいた。

 「さっきから、なにをむずかしそうな顔をしているの?」

はな子は居心地が悪そうにしているぼたもちを救うべく、固くしぼったさらしをぼたもちの上にふわりとかぶせた。これでぼたもちが乾燥するのをふせげた。

 「ぼたもちっておいしいから、わたし大好き。特にお姉ちゃんのぼたもちは一番だよ! でも…」

 もも子は眉間にしわを寄せたまま、今度ははな子に視線をうつした。

 「でも?」

 「でもさ、すっごく地味じゃない? 見た目が黒っぽくって、あんこにただ包まれてて。材料も小豆とお米だけなんてさ。つまらないっていうか、おしゃれじゃない」

 先日、もも子は学校で友だちと好きなお菓子の話しになった。そのときにぼたもちが大好きだという話をして、みんなに笑われたことを気にしているのだ。「もも子って、おばあちゃんみたい」といわれたことも、すごく恥ずかしかった。

 他の友だちは「煮りんごのパンケーキ」や、「きいちごのマカロン」「クレームブリュレ」なんて、きいただけでおしゃれなお菓子の名前をあげていた。そのなかで、もも子がぼたもちが好きなんていってしまい、みんなに笑われてしまったのだ。

 もも子はくやしいことに、笑われてもなにもいい返せなかった。たしかにぼたもちはおしゃれではない、と思ったから。

 でも、でも…。

 このはな子の作ったぼたもちは、なんておいしそうなのだろう。小ぶりのぼたもちはころんと丸く、ふっくらとして甘い香りがただよってくる。一口で食べられる大きさなのに、一度きに口に放り込んでしまうには、もったいないはかなさもある。そしてなにより、味が格別においしいのだ。

 「ぼたもちって、見た目で損しているよね。こんなにおいしいのに、地味だとか、おばあちゃんみたいとかいわれてさ」

 「そうね、たしかにシンプルなつくりだけど、作る人によって個性がでるのよ。お米をどこまでつぶすかとか、大きさ、あんこの甘さでも変わってくるのよ。それにきな粉や、ごまだってあるじゃない?」

 「きな粉もごまも、おしゃれじゃないよー!」

 もも子は不満そうに、はな子をねめつけた。けれどはな子はふんわりと微笑む。おしゃれではないといわれても、あまり気にしていないようすだ。

 お姉ちゃんは女子力がなさすぎる! もも子はつねづね感じていた。


 「こんにちはー、ふくふく堂でーす」

 突然お店の裏口から声がかけられた。お米屋さんの一路(いちろ)さんが、注文ききにやってきたのだ。

 「きょうは注文ありますか?」

 一路さんは慣れた様子で裏口から入ると、はな子ともも子のいる台所にひょいと顔を出した。

 「はい、あります。いま注文票をとってくるので待っていてください」

 はな子はそういうと、お店の奥に入っていった。

一路さんがにこにこと、もも子に笑いかけた。そしてもも子の前の、さらしのかかったお皿に気が付く。

 「それはぼたもちかな?」

 「一路さん、ぼたもち好き?」

 もも子は一路さんと気軽に話ができる間柄だった。身体が大きく、山おおかみの血を引く一路さんは、はな子やもも子の2倍くらい背が高い。一見怖そうに見えるが、重たい米袋を軽々と運ぶ姿はかっこよく、いつもにこにこ笑っている頼もしいお兄さんだ。

 それに一路さんはとても気が利き、いつも注文したお米を小さな袋に詰め替えて、配達してくれた。それは小柄なはな子でもお米を運びやすくするためだ。はな子はその点が気に入り、お米の注文はふくふく堂さんと決めていた。

 「そりゃ大好きだよ。お米を使っているし、特にはな子さんが作ったぼたもちは格別においしいよ。天下一品! お米たちも、こんなにおいしく作ってくれて、うれしいだろうな」

 一路さんはにこにこ笑う。

 もも子はその笑顔を見てうらやましく思った。こんな風に堂々と、ぼたもちが好きっていえたらいいのに。

 まぁ、一路さんははな子が作ったものなら、なんでもおいしい、というだろう。そう、一路さんははな子のことが好きなのだから。もちろん女子力のないはな子はそのことに気づいていないし、一路さん自身も気づいていないのかもしれない。

 「ぼたもちって、地味じゃない?」

 「地味? でも食べものはおいしいかどうかが一番じゃないの?」

 一路さんはもも子の乙女心なんて理解できない。しごく当たり前のことをいう。

 「お待たせしました。これがきょうの注文です」

 はな子がお店の奥から戻ってきた。一路さんはその伝票を受け取ると、

 「はな子さんのぼたもちは一番!」といい残すと、帰って行った。

 もも子の乙女心は救われないまま、作られたぼたもちははな子の手で店頭に並べられ、あっという間にその日の分が売れていった。

 常連のくまおくんのお父さんは、一度にお店のぼたもちを半分近くも買っていったし、ブナの森に住むフクロウ一家は、小豆だけでなくきな粉とごまなど、すべての味のぼたもちを買ってくれた。

 ぼたもちはこのままでいい。

 はな子のいうとおり、お客さんはいまのぼたもちが大好きで、もも子はそのようすを見ると複雑な気持ちになった。

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