はなもも屋2

わかさひろみ

第1話 おにぎり

 はな子は銅鍋をゆっくりかきまぜながら、慎重になかのようすをうかがっていた。じんわりと、やさしい熱が全体を包んで、しずかに湯気が立ち上っている。

 けれどはな子の表情は、いつものおだやかなものとはちがった。むずかしいようすで、ただひたすらに、台所で鍋と向き合っている。

 どうしても今回買った小豆がうまく煮えない。皮ばかりがかたく煮あがってしまう。けれどかたいからと、長く煮ると皮が割れてしまう。煮る前にていねいに悪そうな粒を取りのぞいてみたが、それでも結果は変わらない。

 どうしよう。

 はな子はあせっていた。小豆はまだたくさんのこっている。それに別の小豆にかえたところで、またいつ同じような小豆に出合うともかぎらない。こういう小豆とのつき合いかたも知っておかなければ、よい和菓子職人にはなれない。

 はな子は台所のすみに置いてある椅子に腰を下ろした。あせる気持ちばかりが、ガスコンロの上をふわふわ浮いているようだ。

 ことり。

 物音がして顔をあげると、そこにはもも子がいた。

 「もも子、どうしたの?」

 心配そうにもも子が、両手でお皿をかかえていた。その上には、おにぎりが3つのせられている。

 「お昼からなにも食べてないでしょう? うまくできなかったんだけど、おにぎり作った」

 「ありがとう」

 はな子はそう言うとほほえんだ。

長い時間こわい顔をしていたせいか、頬の筋肉をひさしぶりに動かした。

 おにぎりのお皿を受け取る。あら、と思う。もも子が作ったおにぎりは、3つとも三者三様、ちがう形をしていたからだ。

 1つは片手では大きいくらいの大きさで、海苔がまききれていない。にぎりが弱いのか、かたちがくずれかかっている。

 真ん中のおにぎりは、おどろくほど小さく、具がはみ出している。たわら型だった。くずれないように強くにぎったのだろうか。

 最後の1つは、ちょうどよい大きさだった。かたちもきれいな三角形にぎられている。けれど真っ白で海苔がまかれていなかった。

 不思議そうに3つのおにぎりを見くらべているはな子を、もも子は食い入るように見つめていた。どうやらはな子が食べるようすを見るまで、この場をはれないようだ。

 その気持ちに気づいたはな子は、はじめの大きなおにぎりを食べることにした。

 もぐもぐ。

 一口かじるとそのおにぎりは手からほどけるようにくずれた。お皿がなければ、あやうく床に落としてしまうところだった。もも子の耳がしゅんと垂れる。

 もぐもぐ。

 はな子はかまわず食べつづけた。

 次に真ん中のおにぎりを食べた。小さいので、今度は一口で食べられた。

 もぐもぐ。

 とても固くにぎられていたせいか、よくかんでようやく飲み込む。そしてはみ出た具の大きいこと。大きな梅干しだった。

 最後に三角のおにぎりを食べた。海苔がまかれていないので、お米が口や手にくっついた。そしてなぜか具の入っていない、塩むすびだった。

 はな子は一つ一つ、味わって、おにぎりを食べた。もも子はそのようすをずっと見つめていた。

 「ごめんなさい。おにぎりって作るとむずかしいんだね。いままでお姉ちゃんが作っていたおにぎりを、当たり前に食べていたよ。」

 「どうしてあやまるの? どれもおいしかったよ」

 「ううん、すごくむずしかった。いくつかにぎって、これでもうまくにぎれた3つを持ってきたの。ようやく最後にきれいににぎれたけど、具と海苔が足りなくなっちゃった」

 もも子が申し訳なさそうにする。

 はな子は空っぽになったお皿を見つめた。そして、ふうと大きく息をはいた。

 「おいしかった・・・・」

 「え?」

 「おいしかった。いままで食べたおにぎりのなかで、一番おいしかった」

 「ほんと? うれしい! こんどは具の入った海苔を巻まいた、きれいな三角のおにぎり作るね!」

 もも子はしっぽとみみをぴんと立ててよろこんだ。

 「もう少し、小豆を煮ているから、もも子は先に寝てね」

 はな子はそう言うと、もも子をやさしくなでた。そしてふたたび鍋の前に立ち、ゆっくりと小豆をかき回し始めた。

 もも子はうれしそうにお茶を一杯入れると、冷めないうちに飲んでねと言いのこし、台所から出ていった。

 パタン。

 台所の扉がとじる音を聞くと、はな子の瞳からは1粒2粒と涙がこぼれた。3粒4粒。涙が止まらない。泣きながら小豆をかき回しつづけた。

 なにをあせっていたのだろう。何をそんなに責めていたのだろう。なんでこんなに苦しんでいたのだろう。

 苦しい気持ちで、おいしいものが作れるはずないのに!

 もも子の素直なこころがうらやましい。

 ひとつひとつ上手くなっていこう。そして、ひとつ上手くなれるごとに、きちんとよろこぼう。きっと姉妹だから、大丈夫。わたしも、もも子みたいになれるはずだ。

 大丈夫。わたしには、もも子がいるから大丈夫。

 はな子は涙をぬぐいながら、小豆をかき回した。そして、そんな自分がおかしくて笑った。おなかがいっぱいになると、幸せな気持ちになれるんだ。

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