違和感

 すぐに解放されたシャサだったが、十日後の成人の儀までに答えを出して欲しいとだけ告げられた。

 シャサはギフトを使って宮殿へと帰宅した。自分の部屋に着くなりふと冷静になり、空っぽの心は喪失感で埋め尽くされた。


 目の前に転がるロトの死体。血の臭いが嗅細胞を刺激する。そこにあるのは無力な自分だけ。そこにあるのは無力な自分だけ。


 今日の日全てが後悔に変わる。あの時こうしていれば、なんて無意味な妄想にすがる。たった一人の親友はもう戻ってくることはないのに。


 ひたすらに悔やみ枯れるまで涙を流し、ロトとの思い出を頭に浮かべながらシャサの心は前に向き始める。

 兄に抱く疑念と反撃の槍に対しての違和感。シャサは全てを暴く。そんな決意を胸に部屋を出た。




「帰ってたのか」

 ダイニングルームで本日二度目の顔合わせを果たすシャサとミハエル。しかしシャサが兄へ抱く気持ちは朝とは百八十度違っていた。

 使用人によって運ばれてきた食事には目もくれずシャサはひたすらにミハエルに視線を投じた。


「丁度いい。お前に話がある」

 ミハエルの突然の発言にシャサは何かを見透かされたようで不気味に思った。

「明日の会議に同席してくれ。十日後、お前にもあらゆる権力が付く。その前に一度この国のトップを肌で感じて欲しい」


 これはシャサにとって好都合だった。国政に挑む兄の姿と権力者達をこの目で見ることが出来る。

「わかった。ありがとう兄さん」

 二つ返事で承諾したシャサ。まずは見える範囲で疑念を一つ一つ潰すことにした。


 食事を終えダイニングルームを出ると、シャサを眠気が襲った。シャサの常識は今日一日で、激しく殴られ続けた。


 風呂を済ませ、寝支度を終えるとシャサはまるで屍のように、ベットの上に横たわった。

 シャサはそのまま羊を数える暇もなく眠りについた。


------------------------------------------------------------------


 ミハエルは自身の手に剣を生み出した。それは高度なマジックのような、何もないところから突然剣が現れた。

 夜も更け宮殿内を照らすのは、わずかな照明と月明かりだけになっていた。薄暗い宮殿の廊下で、ミハエルはバルコニーの一点に目を向け続けた。


「警備はどうなってる?あの人も遂にボケたか」


 宮殿内にそんなミハエルの声が響いた。すると突然ミハエルの顔に向かってコンバットナイフが飛んでくる。ミハエルは寸前のところでそれを躱すと、ナイフが飛んできた方向に視線を合わせた。


 しかしそこに人影はなく、この場に立つのはミハエルたった一人だけだった。


「なるほど」


 静寂の中に再びミハエルの声が響くと、一本のナイフが再び飛んでくる。

 しかしミハエルはそのナイフには意識を向けず、視線を右は左へと向けた。もちろんそこに人影はなく、静寂とミハエルと二本のナイフだけがその場に存在した。


「昔の俺なら負けていただろうな」


 ミハエルはそう呟くと足早に駆け出し、握りしめた片手剣で空を裂いた。

 血しぶきをあげながら一人の男がそこに現れた。男は掻っ切られた喉元を手で押さえ、苦しみに悶えながらもミハエルに立ち向かった。


 男が再び姿を消すと、床に散らばっていた血痕までも透明に様変わりする。しかしミハエルの目からは逃れられなかった。ミハエルの剣がナイフを持つ腕を、貧弱な胴を切り裂く。

 倒れ込んだ身体で血溜まりが跳ね、生々しい音を立てる。


「音を立てない技術と加護を感知させないための信仰心がお前にあれば、それなりに、苦戦しただろうな」


 男はそこで生き絶えた。敗北を決めた最後の一撃が彼の持ち物を吹き飛ばした。息を潜めてこの光景を見ていたシャサの足下にそれは転がってきた。


 ワッド・ノルガー。隣国である無の国の者のパスポートだった。

 シャサはそのどちらもをただ見ているだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロノスワールド 当時東寺 @kuro96abb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ