ゲイボルグ
「私の名前はマチルダ・マトランダ。好きに呼んでください。私もそうします」
二人はしばらく地下へ続く階段を下りた。マチルダが店から持ち出したランタンで漆黒を切り裂きながら。
「ここは!?」
辿り着いた先には家が三軒建ち並んでいた。家の中や街灯から放たれる光で辺りは明るく感じた。
「仲間のギフトでできたアジトです」
マチルダは足を進めた。
家に近づくと中から賑やかな声が聞こえてきた。マチルダの後ろに続いて一軒の家に入った。並外れた緊張感と共に。
中は普通の木の家のようだった。昔家族との思い出を残した別荘によく似ていた。
「彼を連れてきました」
疲れが垣間見えるトーンでそう言い放ちながらマチルダは一つの部屋に入った。それに続きシャサも恐る恐る部屋の扉を潜った。
中には六人の男女がくつろいでいた。
シャサは彼らそれぞれに視線を投じた。男、女、女、男、男、男。
「シャサ・アドゥクエル。歳は十六。貴様らは兄さんの何を知ってる?」
「随分と生意気な小僧じゃねぇか。ここへは痛ぶられに来たのか?」
反応をみせた男は、立ち上がり目の前でシャサを睨みつけた。
高身長で細身の男は、鋭い目つきと黄赤の長髪。口元には輪っかのピアスが二つ、モッズコートがやけに映える男だった。
「やめてくださいハイネ。ボスの命令ですよ」
制止したのはマチルダだった。
すぐに睨む相手をマチルダに変えた男はしばらくして元いた椅子に座りなおした。
「ハイネ・オリンピー。歳は十九。話を進めろ」
ハイネは腕を組みずっしりと座りながら天井を見上げた。
「とりあえずは皆んな名乗りましょうか。ヤン・アスカード。歳は二十八です」
次に声を上げたのは大人びた女性だった。
胸元まで伸びたスカーレットカラーの髪に、色っぽい肉付きのいい白い肌。炎のように燃ゆる丸い目に分厚く血色の良い唇。
ヤンの放つ色気から、彼らの中で一番の年長者に見えた。
「モッシュ・エレファー。十七歳。よろしくー」
気だるそうに名乗る女。
良く日に焼けた褐色の肌にくるくると巻かれた金髪。丸い大きめのピアスを付け、シャサはこれがギャルという存在なのだと認識した。
「メガエラ・アスティエル。二十四だ。よろしく頼む」
がたいの良い男は立ち上がり手を差し出した。
シャサはその手を取り男の目を見つめた。
雪のように白い短髪に四角い黒縁の眼鏡。シャサを握る手はとても力強かった。
「アガルタ・ウォッチ!歳は十七か十八かな。よろしく!お前んち金持ちなんだろ!ちょっとくらい分けてくれよ!」
活発がよく似合う青年。背丈はシャサよりも少し低く、シャサは年上の彼に可愛らしさを感じた。
アガルタの自己紹介の後シャサは最後の男に視線を向けた。
顔全体を黒いマスクで覆い、鍛え上げられた上体を大胆に露出し、ピチピチのハーフパンツというなんとも独創的な雰囲気の男がじーっと天井を見上げだらしなく椅子に腰掛けていた。
いくら彼の言葉を待っても彼から何か発される事はなかった。
「あー。彼は放っておいて。私達もよく知らない。ボスの気まぐれが招いた厄です」
シャサはマチルダがそう口にして、彼が皆から距離を取られていることに気がついた。
すぐに彼から視線を逸らしその目線はマチルダに向かった。
「さぁ、本題に入りましょう。反撃の槍はあなたを次の王にするつもりです。その為にまずは保守派役人達、ミハエル・アドゥクエルの裏の顔を支持する組織達、そしてミハエル・アドゥクエル自身。これら全てをこの国から葬り去る。これが私達反撃の槍の計画です」
あまりにも突飛な話にシャサは開いた口が塞がらなくなる。
「続けますよ。貴方の兄ミハエルは強大な裏組織に手を貸しています。そして一国をも滅ぼす力を持つ兵器を極秘に所持していると思われます」
「強大な裏組織?国を滅ぼせる兵器を極秘に所持?確証のない憶測で言っていいことではない」
「憶測ではありません。事実を経験した私達がここに集まったのが何よりの証拠です」
シャサは考えた。反撃の槍に抱く不信感と、何故だか信じてしまう、兄が闇を抱えているという話。
信用するにはまだまだ早いように感じた。
「勿論俺は信用しない。ただ俺があの店に入ろうとした時、兄が出てくるのを見た。すぐに中に入ると俺の親友とあの店の店主と店員が殺されていた。かろうじて息のあった店主から、似たような話を聞いたよ。俺はその話を無性に信じた。しかし俺は違和感を感じたよ。あの兄が一人殺しそびれたりするのかと」
話の最中、面々はポツンとした表情を浮かべた。やがて衝動的にアガルタが浮かび上がった疑問を声にあげた。
「に、肉爺が死んだって?」
「ああ」
「彼は嘘を言っていません。私も三人の死体をこの目で見ました」
皆の顔が動揺に染まる。
「それともう一つ。現状政治関与していない俺ですらお前達のことはよく聞いている。そんな大物集団がわざわざ俺を呼んで足がつくような真似をしたのは何故だ?」
「お前は馬鹿なのか?」とメガエラが呟く。
シャサはすぐに目線をそちらに向け話の続きを伺った。
「話は単純明快。ボスはお前なら力を貸してくれると信用して大きな賭けに出たんだ。王と血縁のお前は俺達にとって大きすぎる一歩だ」
シャサにもそれくらいはわかっていた。
しかし大きなリスクを取ったから信用できるのか?
彼等への大きすぎるメリットに安易に片足を突っ込むのは果たして得策なのか。
結論を急がない。それが今のシャサの考える最善だった。
「いくつか引っ掛かることがある。仲間入りの話、今はなしだ。俺は俺なりに兄さんの真実を探る。お前たちを信用するのはそれからでも遅くはないだろう?」
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