少女に抱かれる猫
文重
少女に抱かれる猫
猫は一番居心地のいい場所を見つける名人だということは、猫を飼ったことのある人ならみんな知っているよね? わたしはジュリーの膝の上が一番のお気に入り。だって、わたしがこうして温かい部屋の中、柔らかい膝でぬくぬくしていられるのもすべてジュリーのお陰だから。ジュリーはわたしの命の恩人なの。
わたしは半年前の秋に生まれたの。一緒に生まれたのは男の子が2匹と女の子が2匹。お母さんのおっぱいを取り合って喧嘩もしたけど、みんなでじゃれ合ったりくっついて寝たりしてとっても楽しかった。わたしたちには決まったおうちはなかったけど、お母さんはネズミ捕りの名人だったし、運がよければパン屋のおかみさんが、売れ残って硬くなったパンにミルクをかけて裏口に置いておいてくれることもあったから、食べるものにも困らなかった。
だけど初めての冬、冷たい雨が降り続いてご飯が食べられない日が何日か続いたの。お母さんは少し離れた宿屋で前にご飯をもらったことを思い出して、わたしたちに待っているように言って出かけていったの。なかなか戻ってこないお母さんを迎えに行こうと、わたしたちきょうだいは大通りまで行ってみたわ。通りの向こうにお母さんの姿が見えた。雨に濡れて毛がぼさぼさになっていたけど、何か口にしっかりくわえていた。
「この泥棒猫!」
怖い顔をしたおばさんがお母さんの後ろから追いかけてきた。お母さんは逃げようと通りに飛び出した。わたしたちきょうだいもとっさに反対側から飛び出したの。そこへ長雨でぬかるんだ道に車輪をとられた馬車が突っ込んできた。わたしたちはあっという間に四方に跳ね飛ばされたわ。うっすらと目を開けると、お母さんもきょうだいたちもぴくりとも動かなくなっていた。わたしはそのまま気を失ったの。
次に気づいたときには、わたしは傘を差した小さな女の子の手の中だった。女の子は泣きながら傍らにいる男の人に、
「お父様、この子、まだ息があるわ。連れて帰って手当てしてもいいでしょう。お願い」
と訴えていた。そこでわたしはまた気を失った。
その日からわたしはジュリーの家の子になったの。怪我をした足は今でもちょっと引きずるけど、手当てが早かったのと栄養のあるご飯のおかげで治りが早かったみたい。お母さんやきょうだいたちは助けられなかったと、後でジュリーが涙ながらに話してくれた。ジュリーは偶然お父さんと通りかかって事故を目撃したみたい。
だから、ジュリーはわたしの命の恩人なの。お母さんやきょうだいたちがいなくなってしまったのは悲しいし、時々思い出しては胸がキュッとなるけど、ジュリーの膝に抱かれるとそれも忘れてしまう。知らず知らずのうちにうっとりした表情になる。だってここが一番安心できる場所だから。
きっとこの絵を見ているあなたもうっとりした表情になっているはずね。
――ルノワール画:《ジュリー・マネ(猫を抱く子ども)》に寄せて――
少女に抱かれる猫 文重 @fumie0107
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