引きこもり女王様が、あなたの隣に引っ越してきたそうですよ?

misaka

私(わたくし)、人生初のお引越しです!

 初夏。ここ数日で気温がグッと高くなってきた頃。


「熱い、ですわ……」


 女王たるわたくしは、家来けらいを伴って新居を探していましたの。


 念願の娘が生まれたのが2週間前。子供の成長は早いと言いますけれど、うちの子も例外じゃなかったようですわ。むしろ、早過ぎると思ったくらい。


 3日も経たずに思春期を迎えた娘は部屋に閉じこもって、そのまま1週間。さてどうしようかしらと悩んでいたら、突然部屋から出て来て。


「お母様! お母様! 私、大人になりましたわ!」


 王女として、立派に成長した姿を見せてくれました。


 嬉しそうに笑う娘の笑顔を見てようやく、わたくしにも母性と言うものが生まれたのが分かりましたわ。丁度、家が手狭になっていた頃だったもので、


むすめ。この家はあなたに譲ります。今後も元気に励むように」


 母として、威厳たっぷりにそう言って、考えも無しに家を出てしまったのが間違いでしたわね……。


 これまでほとんど家を出たことが無かった世間知らずのわたくし


 新居の候補地に求めた条件は、娘に渡した家が建つ場所と同じものでした。つまり、自然豊かで、敵も少なくて、家を作る資材がたくさんある。最後に、近くに食料がたくさんあること。


 これら些細ささいな条件を満たす家が、どこにもありませんの。


 候補地探しは遅々として進まず、今日もあちこち飛び回ってくれた家来たちには収穫が無かった様子。


「まさか3日間も野宿をすることになるなんて……」


 一昨日は風に吹かれて。昨日は猛暑に焼かれて、今日は雨に降られて。家来たちと身を寄せ合いながら、身を護る日々。


(それでも、諦めませんわ!)


 わたくしは女王。家来たち……我が子を導くことこそが務めですもの。


わたくしに下を向いている時間なんてありませんのよ!」


 気合を入れるために曇天を見上げた、その時でした。


「「女王様~!」」


 待ちに待った報せが、やってきましたの。とある家来の一団が、新居の候補地を見つけてくれた様子。


 早速内見ないけんを、と思いましたけれど、今日はあいにくの雨。部下を労うためにも、明日にしましょうか。




 翌日。待ちに待った晴天の日。


 家来の案内のもと、わたくしは新居の候補地へとやってきました。


 そこは、人々の家から少し離れた場所にある林。


 その林の中に立つ、太くて大きい木の上部にぽっかりと空いたうろこそが、新居を立てる候補地でしたの。


 しかも、よくよく見てみれば、うろの中にはもう、作りかけの新居がありました。


 家来たちに勧められるがまま、わたくしは新居候補地の内見を行ないます。


 そう……。大切なのは、ここからですわ。家来と、そしてこれから生まれてくる子供たちが平和かつ安心して暮らすためには、しっかりと候補地の内見を済ませる必要があります。


「自然豊かで、見晴らしも良い。じめっとしているのも、引きこもりのわたくしには好感触ですわ。けれど……」


 絶対条件であったはずの「お花畑」が、近くに見当たりません。


 家来たちをギロリとにらんでみると、彼らはある一点を示して見せました。そこに在ったのは……。


「学校! あっ、幼稚園もあるじゃない!」


 それらの施設では、必ずと言って良いほど花壇があって、年中花が咲いていることが多いんですの。……待って! 近くには公園もあって、そこにも管理された花壇があるじゃない!


「う~~~~~~! 最っ高の立地ではありませんか! よくやりましたわ!」


 わたくしの言葉に、家来たちが誇らしげに羽を鳴らします。さすがわたくしの子供たち。皆、優秀ですわね。


 内見も済ませましたし、あとは住むだけ……ではありませんの。だって内見を済ませたのは、新居の候補地でしかないんですの。


 新しい家は、これから建てていくんですのよ? わたくしではなく、家来たちがね!


 彼らが働いている間、わたくしわたくしのお仕事――子育てでもしましょうかしら。いつかまた娘が出来た時に、優秀な家来と大きな家を渡してあげられるように。


「さぁ、今日からここがわたくしたちの新居ですわ! 精一杯、巣を作りますわよ~!」


 わたくしは女王バチ。今日もアナタのそばで、家来である働きバチと共に、ひっそりと暮らしている者です。


 怖い? うるさい? 文句があるならかかって来なさい。わたくし……の優秀な子供たちが、アナタのお相手になりますわ!


 ……と言うのは冗談です。なので、その殺虫剤はしまってください! 防護服は反則ですわ!? 自慢のハリも通らないなんて、ズルですわ、ズル!


 そ、そもそも、わたくしたちに、アナタがた人間を襲う意思はありません。その証拠に……はい、こちら。お近づきの印として用意した、ハチミツですわ。


 ほんのりと花の香りがして、とっても美味しいんですのよ? あっ、けれど、赤ちゃんには絶対に食べさせないで下さいまし。最悪、死んでしまいますもの。わたくしとの約束ですわよ?


 それでは、最後に改めまして。


「これからも、良き隣人として。良好なご近所付き合いを、よろしくお願いいたしますわ~!」

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