第49話 1年「ろ組」委員長

黒白こくはく委員長、火光かこう委員長」


 全く可愛くない体付きの玉桜たまざくら君が、低い声色で問う。


「大切なものはあるか?」


 真剣な面持ちに、率直な質問だ。


 それに先んじて、しんかが答える。


「友だち」


 ドキ


 直截な物言いは、彼女の友人としてとても嬉しい反面、少し照れくさい。


「そうか。黒白委員長、お前は?」


 しんかの答えに彼は満足するように頷いて、僕に水を向ける。


 ……大切なものか。


 具体性がなくて、難しい質問だ。


 しんかの様に、友だちだろうか?

 となるとしんかにつむじ。

 後はクラスメイトたち――と考えて首を振る。


 ……奴ら、僕の命を狙ってるもんなあ。

 

 命を狙う友人関係なんてないはずだし、僕も可能であれば奴らを間引いていおきたい。


「そう難しく考えるな、黒白委員長。それとも……ないのか?」


 何を考えているのか分からない固い表情で、玉桜君は僕に尋ねる。


「そういう玉桜君はあるの?」


 それに対して、僕の採ったのは禁じ手。


 質問返し。


 質問者の意見を参考にしようという、荒業である。


 ……今のやり取りから考えるに、彼は真面目そうだ。


 となると、しんかと同じく「友だち」や「仲間」とかだろうか?


「あるに決まっている。それはな……金だ」


「はっ⁉」


 端的な一言に、自身の耳を疑う。

 

 ……嘘だよね? 聞き間違いだよね?


 僕の驚愕の表情に何を思ったのか、


「改めて言おう! 金だ!」


 玉桜君は、再度力強く叫ぶ。


「黒白、この世界において生きるために必要なものはなんだ?

 力か? 信頼か? 情か?」


「ど、どれってそんなの全部じゃ――」


 怯え混じりの僕の言葉に、

 

「そうだ! どれか一つに絞ることはできん。

 力があっても負けることはある。

 信頼があっても、敗れてすべてを失う者もいる」


 彼は弾幕を撃ち続ける。


「すなわち、大切な要素というのは、数が多すぎるのだ。

 ならば……可能な限り全てを補えるものを重視すべきだと、私は思う」


「そ、そんなものが――」


 と続けて彼の結論に至る。


 ……まさかそれが――


「そうだ! それこそが金だ!」


 言うや否や彼が取り出したのは、


「……ドラゴンの置物?」


 黄金に染まったドラゴン。

 大柄な玉桜君が、両手で抱えなければならない程大きいドラゴン型の何かである。


「この音を聞け!」


 それを軽く振ると、チャリンと金属のこすれ合うような音。


 懐かしい音。


 つむじと一緒に行った駄菓子屋で、よく聞いた音だ。


 現在は端末の発展により、基本的に電子Pポイント決済になり、聞こえなくなってしまった音でもある。

 

「どうだ! 黒白委員長!

 この音を聞いて、どんな気分だ!」


 貯金箱だ。

 玉桜君の両手を占拠しているのは、ドラゴン型の貯金箱なのだ。


 玉桜君が更にコインを投入する。

 今では、ほとんど見ない硬貨が、先程よりも大きい音を立てて貯金箱ドラゴンの中に落ちる。


 ……魔性の音。

 

 道端で聞き付ければ、振り向かずにはいられない、魅力的な音だ。


貯金箱これだけの話ではない。

 端末でゲームや他の物に課金をした時の音。これはどうだ?」


 先程とは異なる電子音が鳴り響く。


「興奮するだろう?」


「くっ⁉」


 ……何故だ⁉ 何故彼は知っている⁉ 


 なけなしの電子Pを課金した時の、理由のない高揚感。


 商品が手に入る(かもしれない)嬉しさと、失ってしまったPへの罪悪感。


 その悲しい思い出と共に、納得せざるを得ない現実へとぶつかる。


 ……金には確かに、人の心を捉える魔力があるのかもしれない。


 なぜか女性陣が、僕と玉桜君に引いてる気がするけど、知ったことか!


「そうだ! 金は使う音だけで人の気分を上下させる!

 これは金が人間を支配していると言っても良いだろう!」


 ……非の打ち所のない、完璧な理論だ。


「ろ組」委員長は稀代の天才なのかもしれない。

 

「その上でどうだ? 力も権力も金で買える!」


「友情は?」


 しんかの素朴な疑問にも、 彼は止まらない。


「金で買える!」


 迷いのない言葉は熱を持ち、僕らの心に直接語りかけてくる。


 ……僕たちは、とんでもない男を敵に回しているのかもしれない。


「黒白! 私は金を貯め、払うのが一番大切好きだ!」


「た、玉桜!」


 ……信じられない程の覇気。


 彼は尊敬に値する男――漢だ。


「私に仕えろ! 給金かねは出す!」


 彼の言葉に、僕の自我が目を覚ます。


 ……まさか彼は「は組」委員長ぼくを、お金で雇う気なのか⁉


 負けるわけにはいかない。

 僕の選択に「は組」の未来が――


「言い値を払おう!」


「ははあ!」


 跪く。


 心の中に広がる敗北感と爽快感・・・


 ……敗因は、懐の深さ。


 僕と彼のかねの違いだ。

 

 そもそも命を狙うクラスメイトたちなんて、頭がおかしい連中だ。

 そんな奴らの未来なんて……どうでも良くない?


「はっ! 私――黒白きょうえいは……玉桜様にお仕――ごふあぁぁぁ!」


 誓いを言葉にせんと同時に響いたのは衝撃。

 そして、せり上がりそうになる酸っぱい香り。


 激痛が僕を貫く。


「めちゃくちゃ痛いんだけど⁉」


「……きょうえい、悪ふざけはここまで」


 僕の腹に、しんかの拳が突き刺さっていた。


 ……は⁉ 僕は何を⁉


 燃える少女の視線が痛い。


「目が覚めた? きょうえい」


「ふっ……僕がそんな口車に乗ると思ったのかい? 玉桜君!」


 紅蓮の少女の冷え冷えの視線は、気のせいだと思いたい。

 

 ……お金が嫌いな人間なんていないから仕方ないよね!


「なるほど。

 比翼の鳥、連理の枝。揃っての強さ……金石の交わりという訳か。

 私たちと一緒だな」


 彼は一人納得すると、


「良い話し合いだった。二人共また会おう」


 そう言って、出口へと歩き始める。

 輝く金茶髪。

 その背中は、彼の大切なものを訴え続けている気がする。

 

 ……すなわち「世界は金が全てだ」と。


「火光しんか、黒白きょうえい!」


 彼に付いて行こうとする大地さんは去り際に、


「すいちゃんは総代決定戦で、たー君が一番なのを証明するんだからね!」


 そう宣言し、嵐のような二人は部屋から出て行った。


「きょうえい、やっぱり楽しみ」


 玉桜君と大地さん新しい遊び相手と接して、しんかの気合は十分の様だ。


 ……彼らへんじんたちを倒せば、僕はまた夢に一歩近づく。


 そういう意味では、僕も気合十分。

 

「そうだね」


 ……絶対に勝とう。


 決意を胸に――


「ところで、さっき「は組」を裏切ろうとしてた?」


「あっ……」


 再び僕らの新しい日常が始まるのだ。

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勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~ @sponge-boku

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