第48話 1年「ろ組」副委員長
「ではこれで委員会を終わります。ありがとうございました」
1年生のクラス委員長たちの自己紹介と今後の日程説明が終わると、すぐに代表委員は解散した。
本当に今日の目的は顔合わせだけだったらしい。
「きょうえい、今日はどうする?」
先輩方から続々と退出していき、1年生も「い組」委員長がこちらに一礼して出て行くのを筆頭に、他クラスの委員長たちも出て行く。
「やっぱり訓練かなあ。まだ詰めたいこともあるし……」
「じゃあ、訓練塔――」
「火光しんか!」
僕たちの間に声が割り込む。
声の主は教室入り口に立っている一人の少女。
スカート型制服を着た、小柄な少女だ。
ブラウンバイオレットのショートカット。
その同色の瞳は、しんかを睨みつけるように立っている。
「きょうえい、友だち?」
「そんなわけないでしょ! しんかの名前が呼ばれたんだから!」
……本気なのかボケなのか。
最近のしんかのユーモアセンスの成長が著しいおかげで、判断が難しい。
……それにしても、いつの間にしんかは新しい友だちを作ったんだろう?
「でも……私も初対面」
しんかも僕と同じ様に知らないと首を振りながら、その子に向き直ると、
「初めましてお嬢ちゃん。飴ちゃん食べる?」
流れるようにキャンディーを手渡す。
……そのキャンディーはどこに持ってたんだ。
僕のそんな小さい疑問はさて置いて。
小柄な女の子とキャンディー。
その組み合わせはとてもよく合っている。
「あ……どうもありがとう」
素直にお礼を言っているあたり、悪い子ではなさそうだ。
「それでお嬢ちゃん。迷子?」
「だ、誰が迷子よ⁉」
もちろん迷子なわけがない。
それなら、そもそもしんかの名を呼ぶことなんてできないだろう。
制服姿だし。
「違うの?」
「そんなわけないでしょ! すいちゃんはアンタの同級生!」
まったくと、茶色の紐リボンが胸元で揺れる。
「制服を着ていても迷子かもしれない」
少女に対してしんかは退かない。
この頑固さを見る限り――
……本当に心配してるんだろうなあ。
彼女らしい優しさである。
「……だとしてもキャンディーをくれる必要はないわよね⁉」
そして少女の指摘もまたごもっともだ。
「可愛かったから――ダメだった?」
「いいと思うよ」
……不安そうに振り返るしんかも、その子以上に可愛いけどね!
そんな初対面の少女に、
「何をしに来た。すいか」
僕らの更に後方から、低い声が呼びかける。
「ろ組」委員長――
筋骨隆々の金茶色の青年。
どうやら彼の知り合いらしい。
「たー君!」
彼に声をかけられただけで、少女の目が輝きだす。
反応の速さ、目の輝き、声色の変化。
僕の歴戦の勘がビビっと働く。
……間違いなくこの子は、玉桜君を好いている。
名前とあだ名。
その呼び方の距離感。
付き合うどころか、婚約や結婚までしていてもおかしくない。
……処刑しておくか?
その方が、
「どうした。
殺意に溢れた顔をしているぞ?」
……モテる男は許せない!
煮え滾った気持ちを、どうにか抑える。
この場での決闘は、外交上問題になるかもしれない。
委員長となった今、感情だけの行動は避けなければならない。
なのでとりあえず……我がクラスの
「何でも……ないよ」
噛みしめた血の味が、口中に広がる。
立場を気にして、思い通りに行動できなくなるとは。
……僕も大人になったなあ。
「そうか。
それで、すいか。何か用か?」
「そうだった!」
少女は再びしんかに向き直ると、
「火光しんか!」
「はい」
「アンタに言いたいことが――」
「その前に」
話を遮られた意趣返しの様に、しんかは少女の話を遮る。
「貴女の名前は?」
「それが今大事なこと⁉」
プルプル震える少女。
にらみ合いが続くかと思ったが――
「1年『ろ組』副委員長――
しんかの視線の圧に負けて、自己紹介をする大地さん。
「よろしく。大地さん」
そんな大地さんに、追い討つかのように紅蓮の少女は握手を求める。
「ふん!」
顔を背けられても握手の手は引かない。
じっと少女を見つめる赤の眼光は――獲物を狙う猛禽類のごとき輝きを湛えている。
「うう……すいちゃんの弱さが憎い……」
結局大地さんは圧に負け、しんかの手を握った。
どうやら彼女は、流されやすい性格の様だ。
「火光しんか!」
握手をほどいて、大地さんはしんかを指差す。
涙目だ。
子どもが癇癪を起こしているようにも見える。
「学年主席だか何だか知らないけど、
宣戦布告。
どうやら彼女は、しんかにそれをしに来たらしい。
紅蓮の少女は「ろ組」委員長の玉桜君をちらりと見ると、
「例えばどこが?」
と尋ねる。
「え? あ、ええっと……強さとか!」
宣戦布告に対して、質問が返ってくるとは露程も考えていなかったのだろう。
その中で出てきた答えは――強さ。
訓練も含めて、しんかと直接戦っている僕の感覚としては――
……しんかと真正面から戦って、勝てる人類種がそうそういるとは思えないけどなあ。
間違いなく僕には厳しい勝負になる。
精霊繋装「比翼連理」が片割れ「翼理」を借りられて、ようやく五分といったところだろうか。
1ヶ月の他クラスとの接触禁止。
それに
そういう意味では僕らも
金茶の青年を見る。
確かに保有精霊量は、しんかに負けず劣らずのものがあるが――
……それでもしんかに勝てるとは思えないけどなあ。
実戦でしんかと向き合う恐怖は、立ち合った者でないと分からない。
「……他は?」
「「えっ⁉」」
……更に掘り下げてきた⁉ どんなメンタルしてるの⁉
自分が負けている(と思われている)点を指摘されているはずなのに、僕のご主人様はまるで意に介していない。
「か――」
大地さんは、どうにか言葉を絞り出そうとする。
……か? 格好良さとかだろうか?
玉桜君の筋肉は確かに格好いい。
でもしんかも別方向で格好いいから、一概に比べられないと思うけど――
「――かわいさとか?」
「そんなわけあるかあぁぁぁぁ!」
耐えられなかった。
強さはやってみなきゃ分からないとはいえ、
「こんな筋肉だるまとしんかを可愛さで比べるな!」
「はあ⁉ たー君はめっちゃ可愛いですけど⁉ 付き人は黙ってて!」
「僕は付き人じゃないですうぅぅぅぅ! 召使いですうぅぅぅ!」
……付き人と召使い。どちらが上の立場なんだろう。
大地さんとにらみ合う。
これは譲れない戦い――負けるわけにはいかない戦いだ。
友だちとして接していても、ドキドキするくらい可愛らしいしんか。
そんな彼女が、この金ぴか筋肉に可愛さで負けるわけがない。
「きょうえい……ありがとう」
「ううん。常識を説いてあげてるだけだから」
しんかが頬を染めてぽつんとお礼を言う。
……ほら可愛いじゃないか!
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