第7話 捕虜の尋問
「はぁ……」
「か、閣下……大丈夫でしょうか……」
「ブライアン……ブライアン……」
目の光を完全に失った辺境伯は、魂のない人間のように地面に座り込んでいるだけだった。彼は降参した時から何も言わず、ただため息だけをつくのみ。そこに集められた彼らの周りには十数の召喚兵が立っていて、武器を構えている。その兵士らの中で、エリーヌが言い放つ。
「全員に告ぐ。もし不審な行動をして発覚された際は、その者の手足を切り落とす!何もするな」
「……」
エリーヌは自分の剣を鞘から抜き、捕虜たちを容赦なく睨んでいる。不審な動きを取る者は少しでも逃さないという意志がそこの者たちに伝わる。少し離れているところでは、バシリアが無言のまま彼らを眺めている。その時だった。会館から人々が出て、皆に指示をする。
「全員聞け!司令の命に基づき、これより収容所の建築を開始する!捕虜はしばらく待機だ。そしてシュヴァーベン少尉、君の配下の二機と共に、敵の司令官を連行し司令の方に向かうように。もしもの時は司令を守れ」
「……了解」
ハウシェンが全員に指示を出すと共に、シュヴァーベンが辺境伯に近付く。彼の隣の召喚兵二機が辺境伯を連行する。
「……」
「か、閣下……」
辺境伯が無気力に連行される中、何人かの者が彼を心配げに見るのみだった。
……会館の中、扉に誰かがノックをする。
「司令、入ってよろしいでしょうか」
『ああ、って、シュヴァーベンか』
シュヴァーベンが部屋に入り、二人の兵士が辺境伯を連行して来た。
『彼をここに座らせるように』
「了解」
部屋の扉が閉まり、兵士が彼を椅子に座らせる。シュヴァーベンは彼の後ろで刃を握って無言のまま立ち尽くしている。
(いざという時には、彼を刺すってことか?)
(……命令であれば)
糸を通して話してみると、シュヴァーベンはどうやら辺境伯を警戒しているようだ。たしか彼はかなり強い騎士だった。もし何かを企んで私を襲うと、今の私は死ぬかもしれないだろう。
『……』
辺境伯の姿を見る。以前まで輝いていた鎧は奪われ、もはや彼を守る防具はなにもなく、ただの平服を身にまとっているのみ。両手は後ろに結ばれているのか。彼は所々に泥と血がついていて、目に光もなく、まるで魂のない抜け殻のようだ。
『辺境伯、聞こえるか?』
「ああ……」
『君には聞きたいことが幾つかある。私の質問に返事をしてくれると助かる』
「……はあ?貴様、正気か?何で、この私が……」
力のないものの、彼は私に強調してくれる気はないようだ。
(……シュヴァーベン、頼む)
(はっ)
私の合図に応じ、シュヴァーベンが持っているメイスを取り出し、テーブルに全力で振り下ろす。その衝撃でテーブルの端っこが壊れていく。
「ひぃっ……!」
辺境伯はそれで少しびびったようだ。
『積極的な協力を頼む。不必要な出血はない方が望ましいからな。怯えなくても大丈夫。こう見えても、私って結構優しい方なんだから』
「わ、分かった。私にできることなら、返事をしようではないか」
彼がようやく協力的に出てきた。さて、何から聞いておくべきか。
『そうだな、まず君の国の話からしてくれ』
「それって、我が領地のことか?それとも、それを含めた王国のことか……?」
それを聞いてふと考える。たしか彼は自分の国?や領土を持っていた貴族だ。そしてそれが王国に属している感じなのか?
『君の領地の方から話してくれ。今までどんな感じだったか』
最初はなるべく小さいことから聞いた方が理解しやすいだろう。
「まあ、分かった……前にも言ったと思うが、我が領地、この辺境伯領は、西に境界領域と接していて、そこからのモンスターの襲撃から東の王国を守る、言わば盾のような役割を果たしていた」
『それは前に聞いたことがある。廃れるとはどういう?』
以前彼は自分の領域が廃れるだけだと言った。具体的に聞いておくか。
「……言葉通りの意味だ。以前から襲撃が激しくなり、戦闘の激化でたくさんの兵士と人が死に、領土が荒廃になっていった。今の我が領地は、以前の三割ぐらいしか残ってない。多数の要塞都市が捨てられ、壊された」
『廃れるって言ったけどそれ程か。捨てられた要塞は主にどこにいる?』
「捨てられたか、壊された要塞はセベウを基準に西の方に散らばっている。昔は境界領域、だからあの山脈の中にも要塞がいくつかあったが、今は捨てられて数十年だ」
その時ふと思いつく。さっき戦場で見た、崩れかけの城郭は、彼の言う捨てられたものの一部かもだ。
『分かった。他の要塞都市はどこにいる?そしてその状態は?』
これを聞かなくては、彼の領地は他にもある。ならそこには彼に従う貴族や騎士、軍隊があるはずだ。辺境伯の敗戦を聞いて彼を救出するためにここに来るかもしれない。
「……」
だが彼は突然口を閉じる。彼は今私と同じことを考えたのだろう。今私に自分の軍勢の情報を言ってしまえば、それがその者らに悪影響を及ぼすと思うからだ。どうすれば彼に情報を言わせることができるだろう。
『辺境伯、積極的な協力を頼む。そうだ、じゃないと、捕虜たちに悪い何かが起こるかもだ』
「なに……?」
そう。もし彼が正直に話してくれなかった場合は、それ応じて捕虜を苦しめると良いだろう。
『言葉通りの意味。私はその気であれば、君を含め、君の部下たち全員を殺せる。生殺与奪権を握っているってことだ。ここまで言えば分かるか?』
「……ふぅ、分かった」
『良い返事だ』
「そうだな、他の要塞都市は主に東の方にある。各拠点、っていうか、村や要塞都市の状態はここら辺よりはまともだろう。しかし、兵力は、あまりいるとは言えないな……今まで限りなく物資や人員を調達して戦闘に投入したからな。そこらもかなり疲弊しているかもだ」
『分かった。残りの要塞都市はいくらあるんだ?』
聞く限りだと要塞都市が重要な拠点のようだ。その数は?
「まあ、セベウや首都を含めて、六つぐらいだな……」
『そうか、兵力の数は?』
もっとも大事な兵力のことを聞かなくては。
「兵力は、具体的な数は分からない。各要塞を守る守備兵を除いては、首都にいる本隊や騎兵隊などはあるが、それほど多くないだろう。兵力が必要な度に戦線に配置したからな。お前たちと戦った兵力のほとんどが首都にいた者らだ」
『まあ、分かった。なら君は何でセベウにいた?』
兵力の消耗が激しいからその数も具体的には知らないのか。まあ、そうもなるだろう。しかし彼は何で首都ではなく、セベウみないな最前線の拠点にいたのだろう。
「……それは、自分の務めを果たすためだ。自分の領土を守るためには、ここの支配者である私が自ら戦わないとならない」
『ふむ……分かった』
辺境伯は憂鬱げな顔でそう呟く。彼の領地のことはこの辺で良いだろう。王国のことを聞いておくか。
『なら君が属している王国のことを簡単に説明してくれ』
「……我らの国、ルボイ王国は、この大陸の西の隅あたりにある国だ。そうだな、我が領土の他にも、数多い貴族の領地と国王の直轄領で構成されている。国王の名はシュスカ三世だ」
『ルボイ王国に、シュスカ三世か。国力はいくらだ?』
辺境伯の領地はその王国に属しているのか。国の王だ。ここら辺の者の中で最も強大な力を持っているだろう。国力を知らなくては。
「それは、分からない。国力ってのは一言では言えない……だけど人口なら、数百万には至るかもな。そして軍勢もそれなりに持っているのは確かだ。王室騎士団とか、王や皇帝は一つぐらい持っているからな。そして配下にはその他にも兵力を持っているだろう。全部足すと数万に至るかもだ。詳しい数は、言えない」
『兵力が、数万……?』
これは良くないな。それ程の兵力を持っているのか。それを聞いて胸がゾッとする。いや、待って。聞く限り彼本人もその詳しい数は知らない様子だ。適当な数を述べたのかもしれない。だけど一国の王なら数万の軍勢は持っていてもおかしくない。一旦国王のことでも聞くか。
『国王の名はシュスカ三世って?その人物について教えてくれ』
「陛下は、一言で言ってしまえばかなり怖い方だ。一度怒り出すと止まることをしらない。そして勇猛果敢で、名誉を大事にする戦士だ。前には領土の問題で、帝国と戦争をしたこともある。そのおかげで我が領地への軍事支援はなくなったがな」
シュスカ三世って、かなり勇猛かつ気丈な人物のようだ。
『にしても、帝国って何だ?』
また知らない国が出てきた。帝国ということからかなり強そうな印象を受ける。
「何だ、知らないのか……帝国、神聖連合帝国は、王国から東北にある、この大陸の中で最も強大な国だ。選帝侯などの数多の貴族の領地と、教皇から冠を授かった皇帝が君臨する国だ。この大陸の中で帝国の影響を受けない国はほぼないぐらいだ」
辺境伯は真剣な顔で淡々と言い続ける。帝国か、聞く限り無視できない存在だ。しかし、ルボイの国王はそんな帝国と戦争をしたのか?気になるな。
『まあ、分かった。戦争はどうなった?いや、その戦争の全貌を教えてくれ』
「まあ、何年ぐらい前だっけ……簡単に言うとヘネセイカ川の河口の統制権をめぐって、皇帝と我が王が衝突したのだ。それで戦争もしたが、決着がつかなくて教皇の仲裁で終戦することになったんだ」
ヘネセイカという川があるのか。そして戦争が教皇の仲裁で解決されたと。国や地域はひとまず良いだろう。どうせ地図もないし。地域の名前を聞いてもどこがどこなのか分かりづらい。教会のことを聞いて終わらせるか。
『分かった。では教会のことを教えてくれ。何をやる組織なんだ?』
「……教会については、私も詳しくは知らないが……とにかく面倒くさい奴らだ」
『もっと詳しく、教皇とか、異端審問官とか、そう言うのってあるだろう』
「ああ、教会。正確に言うと西方正教は、昔から存在してきた巨大な組織だ。唯一神を信仰し、大厄災でほぼ滅亡した人類を救いあげたと言う。教皇が君臨し、その下に数多い司祭がいて、世界各地に教会を起点に活動している。特にこの大陸では一部の地域を除いて莫大な影響力を持っている。大陸のほとんどが西方正教の信者だからな」
唯一神の信仰か。大厄災か、それは前にエリーヌから聞いたから良いだろう。
『ふむ。教皇の根城は?』
「教皇は主に教皇領にいる。そして教皇領は大陸のあちこちにあるが、最も広いのは大陸の東の、聖都ロミニオを中心とする教皇直轄領だ。並みの王国より広い」
『聖都ロミニオ?』
「ああ、西方正教の中心地であり、この大陸の中心地でもある最も巨大な都市だ。この王国とはかなり離れている。何せここは境界領域と接している人類の領域の最西端だし、そこは大陸の最東端だから」
『……まあ、聖都のことは良いだろう。その神って何だ?』
「まあ、神は神だ。ただそれだけ。教会はその神を唯一神として崇拝し、それ以外の神々を邪神と規定し、それを信じる者らを弾圧する奴らだ。そのせいで聖戦が起こった時もある」
聖戦か。これは以前ブライアンから聞いたことを言うのだろう。
『分かった。じゃあ異端審問官って何だ?』
「異端審問官は、西方正教の立場から邪悪だと判断されるものを見つけ、排除する者たちだ。主に修道士か神父が訓練を受けて異端審問官になる。まあ、私からすれば神のことで頭がどうにかなった奴らがほとんどのようだったが……いつも貴族に迷惑をかける奴らだ。実に面倒くさいと言える」
異端審問官は基本的に頭がおかしい奴らなのだろうか。ピエールのことを考えてみると、それは事実だろう。
『まあ、ピエール司祭を思うと、確かに正常ではなかったようだな』
「……ああ、そいつのせいで、私の計画が全て台無しになったしまった。あいつがセベウに来なかったら、じゃなくてもせめて死んでさえなければ、こんな風にはならなかったかもしれぬ……」
彼は独り言を呟く。自分の現状を嘆いているのだろうか。
『まあ、運が悪かったかもな。ちなみに言うと、ピエール司祭の首を刎ねたのは私だ』
「……そうか。そうだろうな」
他に何か聞くべきことがあるだろうか。そう考えていると、以前聞いたことが思い浮かぶ。
(……神官は、色んな制限はあるけど、神の力のごく一部を一時的に行使できます。それは今も同じ)
確か神官が教皇になったんだっけ。神の力って何だろう。
『ちなみにだけど、教会や教皇だけ使える力があるのか?前に聞いた事があるけど』
「……まあ、それは多分神聖魔法のことを言うのだろう。教皇や彼から力をもらった者は、神聖魔法を使えると言う。これ以上は聞かないでくれ、魔法のことはあまり詳しくない」
『神聖魔法か。分かった』
その時、隣に座っていたネイアが口を開ける。
「勇者、魔法のことは、僕に聞いて、多分辺境伯よりは詳しいから」
『……まあ、確かに』
辺境伯は主に武術を錬磨してきた貴族。魔法とは縁が遠いはずだ。彼よりは魔女であるネイアの方が詳しく知っているだろう。辺境伯への聞き取りは、ここら辺にしておくか。
『ではこの辺で終わろうか。辺境伯、お疲れ様だ。用は済んだので戻ってくれ。シュヴァーベン、頼む』
「はっ」
シュヴァーベンがそう言い、部下たちが辺境伯を連れて出て行く。
召喚術士と魔女 ~終わりのない絶滅戦と黒死病軍による人類の殺戮奇譚~ カナベロン @kanaberon
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