第6話 殺すか、それとも生かすか



『念のために言うけど、ここでの話が外に聞こえたりはしないか?』



 もし今からの話が外に漏れて、捕虜たちの耳に入ってはいけないだろう。



「はっ。捕虜はここからかなり離れた場所に集まっています。監視されているので、ここでの話を聞いたりはできないかと」



『まあ、分かった』



 あの三人はいきなりのことで動揺を隠せない様子だ。ネイアは、さっきから黙っているのみだ。



「こ、殺すとか、そんな……」



「おい、お嬢さん、今本気で言ったか?奴らは敵だったけど、今はただ降参した者たちだぜ。そんな奴らを、殺せと言うのか?」



「……まあ、理由は、分からないまでもないけど。さすがに……」



「司令。端的に言って、彼らを生かしておくことは危険です。今は身を拘束して監視しているから大丈夫だとしても、いつか気を狙って脱出か、それに準ずる暴動を起こすか分かりません」



「……お嬢さん。でも奴らは戦意を失って……」



 ゼフが何かを言い出すその時、沈黙を保っていたラブレが口を開ける。



「おい、お前さあ、考えが甘すぎるんじゃねぇか?」



「……なに?」



「奴らがどんだけ手強かったか、お前も知ってんだろう?今はメンタルが壊れたから降参したとしても、いつまた何かを企むかしらねぇ。監視が緩んだ時に暴動を起こすかもだ。ならそれを抑えるにもかなりの犠牲が出るだろう。奴ら、強いからな。それを未然に防ぐためにも殺すしかねえってことだ」



「おい、まだ起きてもないことを、当然に起こると仮定して話を進めるな!奴らは俺たちに武器を捨てて降参した。なら奴らに最低限のものでもそれなりの処遇を保障するべきだぞ。それが道理ってやつだ。自分たちの都合のために勝手に皆殺しするとか、人間のやることじゃない!」



「はぁ……お前、頭がお花畑か?今まで殺し合ってきた連中を、そんなに信用できる訳がないだろうが」



『……ふむ』



 二人の意見が対立するようだ。私としては両方の意見がそれなりに妥当のように聞こえる。その時だった。ハウシェンが口を開ける。



「司令、問題は他にもあります。さっきからこの村の状態を確かめたのですが、人口も少なく、その上に半数以上が負傷者でした。私としては、ここはあれ程の捕虜を受け入れられる力量自体が足りないと判断します」



『力量がないとは、具体的にどう言う?』



「捕虜を管理できる能力のことです。捕虜を監視し、いざという時に制圧できる武力も乏しく、彼らを入れる収容所の建設もできるか分かりません。ましてや、食料の供給など、総合的に彼らを管理する能力を、この村が有しているのは思えません」



『なるほど、そう言うことか』



 この村はネイアが救い出した魔女や迫害を受けた者らが集まった、いわゆる避難所みたいな場所だ。そんなものが、降参した精鋭の兵士、それも100人を超える人数を管理できるのだろうか。



「いや、待ってくれ。確かに君の言う通りかもしれんが、この村ってそれほど乏しい訳ではない。まともに労働できる者もいるし、防衛隊もいる。建物を建てることも余裕だ。今までさんざんやって来たからな。食料だってそれ程の問題はない。見ただけでわしらを評価するのはやめてくれんか」



 ハウシェンの意見にヨイドが熱心に自分の意見を語る。確かに、村長である分、村のことは彼がよく知っているはずだろう。でも力量が乏しいこと自体は事実なのだろう。



「司令、少し良いでしょうか」



 そうやって意見が拮抗する中、黙っていたクライストが意見を述べようとする。



『うん?まあ、構わない』



「はっ。今の状況や、今までの議論、そして今後のことを含めて考えたのですが、捕虜を生かしておくのには、得より損が大きいかと思います」



 どうやらクライストは捕虜を生かしておくのに否定的なようだ。その理由は?



『うん?もっと具体的に言ってくれ』



「理由としては今までの話で出た村の力量、反乱の危険性もありますが、何よりも今後の戦闘に及ぼす悪影響が無視できないと考えるからです」



『……?そう言うと?』



「確か、司令は以前、今からより多数の敵の侵攻が予想されると言いました。なら更なる戦闘を備えるべきかと」



『まあ、そうだな』



 辺境伯の敗北の知らせが各地に届くと、それを聞いた者らが軍をここに送るはず。それが辺境伯への復讐のためか、それとも魔女を滅ぼすためかはさておき、こちらに攻め込んで来ることに疑問の余地はない。



「捕虜を監視するには、一定数以上の兵力をそれのために割り当てなくてはいけません。しかし今はともかく、今後の我らにそれほどの兵力の余裕はないかと考えます」



『うーむ、続きを』



「はっ。これから戦闘が起こるとした場合、今の我らは以前より少ない兵力で敵と戦うことになります。なぜなら以前の戦闘で受けた損失に加え、運用可能な兵力の一部を捕虜の監視に投入しなくてはならないからです」



『まあ、そうだな……兵士ではなく、住民に捕虜の管理を任せる訳にもいかない。いざという時に制圧することも厳しいだろうし』



「はい。それに、今後の戦いで敵を撃破した場合、更なる捕虜を得ることになるかと。なら当然彼らを監視するために追加の兵力をそちらに回さなくてはいけなくなります。結果的に、戦闘で勝利しても、我らが戦闘に使える兵士は少なくなっていきます」



『あ、確かにそうかも』



「結局、戦闘する度に我が軍の兵力は少なくなるにつれ、次の敵との戦闘で負ける可能性も高まります。なにせ、戦闘においては数が大事なので。このようなデメリットを負いながら彼らを生かしておくメリットはないと思います。役に立ちそうな何人かを除き、全員処分した方が良いかと」



『……そうだな』



「……確かに、捕虜を監視するにはそれなりの兵士が必要だ。戦いを重ねる度に、内側の危険は増していき、敵との数の差は広がる一方……僕としては、彼の言い分が正しいと思う」



「お、おいベルキー、お前……!」



「ごめん、ゼフさん、僕も皆殺しとか、良くないと思うけど、理性的に考えると……」



 下を見るベルキーの暗い顔。それが奴の意見なのか。確かに今後のことを考えると捕虜って持っていても得られるメリットが少ない。いや、むしろ危険だし邪魔だ。なら仕方ない。彼らは……



「待って!それでも、いきなり皆殺しとか、いけないと思う!」



 今までじっとしていたネイアがいきなり沈黙を破る。



「確かにクライストさんとか、ハウシェンさんの意見にはそれなりに理由があって、妥当には聞こえるけど、それでも問答無用に殺すのはいけないと思うよ!それって、それって……」



『それって?』



 それを機に、ネイアは口を止める。それって、何だ。



「それって、魔女狩りと、何も変わらない。そんなの、いけないよ……」



『……』



 ああ、そう言うことか。自分たちの置かれた立場と彼らを照らし合わせたのか。まだ起きてもないことを必ず起こると想定して彼らを皆殺しすることは、ネイアにはそんな風に見られたようだ。



「せめて、機会は与えてくれないと……いきなりそんなの、あんまりだよ……」



「「……」」



 それを聞いてその場の全員が沈黙する。



「司令。そろそろ判断を」



『……』



 ハウシェンが私に判断を促す。決めるのは私ってことか。じっと考える。今まで捕虜を管理してみたこともないし、彼らがどうなるか分からない。今後、本当に暴動を起こすかもしれないし、そうでないかもだ。なら、彼らが必ず暴動を起こすと仮定するのは良くないだろう。それはネイアの言う通りだ。せめて最低のものでも、彼らには機会を与えなくては。ゼフの言った通り、それが道理って奴か。



『兵力の問題は、さておいて……』



 だけどクライストの言った兵力の問題は確かに無視できない。私の能力を含め、どうすれば兵力の補充ができるのか、色んな方向で考えないとだ。



『……確かに彼らを皆殺しにする必要性は分かるが、いきなりそうやるのも適切ではないだろう。まだ彼らは我々に抗い、反逆を起こすと決まった訳でもない。勝手に決めつけて問答無用に殺すのも考えものだ。彼らは一旦生かしておく』



 それが今としては適切だろう。これを耳にし、皆それぞれ違う反応をする。



「ゆ、勇者……!ありがとう」



「ふぅ……くそ、また汗をかいてしまったぜ……」



「それが君の判断か……良かったのか、悪かったのか、僕には自信がない……」



 ネイアやゼフは私の決定に安堵しているようだ。ベルキーは、少し複雑そうな顔をしている。



「はっ。それが、司令の判断であれば、従うのみです」



「危険性は認知していますが、司令の決定に服従します」



「……ちっ、皆、お人好しすぎんだよ。まあ、仕方ねえか」



 ハウシェンやクライストは私の命令に異見はないようだ。ラブレは、少し不満があるようだ。



『にしても、役に立つのか』



 皆殺しの意見が出た際、理由として彼らを生かしておくのに利点がないってことだった。彼らを生かしておきながら得られる利益か。その時、ふと思い出す。



『辺境伯から、何か情報を得ないと』



 そう。戦場にいた時にそう考えていたのだが、考えることが多すぎてつい忘れていた。辺境伯なら高位の貴族だし、この世界に関して良く知っているはずだ。聞かないと。迫る敵について知れるはずだ。



『全員、会議はこれで終わりだ。任務を割り当てよう。ハウシェン、部隊を率いて収容所を建てろ。ヨイド、村人と共にハウシェンに協力してくれ。資源の調達とか、村の事情に関わることは君に任せる。ベルキーは、君の部隊を利用して捕虜を監視、いや、奴らも建築に動員しろ。一石二鳥だろう。ゼフは、回収した装備を修理してくれ。君にしかできないことだ』



「了解」



「わかった」



「ふぅ……装備の修理か、分かったぜ」



 彼らは次第に外に向かう。



『ハウシェン、辺境伯をこちらに送るように。聞くべきことを聞かないとだ』



「承知いたしました。護衛を何人か付けて送ります」



「ゆ、勇者、僕は……?」



 ネイアは自分を指で示しながら首を傾げる。



『うん……そうだな。ここにいてくれ』



 聞く限りだとネイアは仲間を救うために今まであちこち動き回ったはず。ならこの世界についてかなり知っているはずだ。辺境伯を取り調べる時に役に立つだろう。



「……うん。分かった」



 そうやってネイアを除く全員が外に向かい、外が騒がしくなる。収容所の建築のために動き出すのだろうか。そんな中、誰かが中に入る。



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