第5話 城壁の中で

「おい!城門を開けろ!」



 何とかセベウに着き、城門の前で馬を止める。城門は固く閉ざされていて、城壁の上で何人かの衛兵たちが俺たちを見ている。周りに自分らの以外に他の敗残兵たちの姿は見えない。



「何だお前らは!今この要塞は軍事作戦中だ。許可なしに城門の開閉は禁じられている。入りたければ、身分を名乗れ!」



「じゃなくては少しそこで待って!まもなく閣下の討伐軍が戻ってくるはずだ!」



「お前ら、見るからに冒険者のようではないか!ならバッジを……って、あれは、ブライアン様の、お娘……?」



 彼らはメディニアの顔を知っているようだ。だけどメディニアは、さっきと変わらず何の反応もしない。



「俺たちは討伐軍のいた戦場から逃げて来たんだ!城門を開けてくれ!」



「……わ、分かった!お、おい!城門を開けろ!」



 それを機に城門が開かれる。城内に入ると、戦闘の行方が気になったのか、たくさんの衛兵や人たちが俺らを迎える。



「あの二人は冒険者なのか、って、その後ろには、メディニア様?」



「お、おい!答えてくれ!討伐軍は、どうなったんだ?って言うか、何で君たちしか返ってこなかったんだ?」



「おかしいな、あ、そうだ。閣下が命令してお前らを送り出したのか。勝利を早く僕たちに知らせるために!」



「そ、それは……」



「兄貴、ここでは言ってしまう方が……」



 彼らの希望と不安が入り混じった目は、俺たちに返事を急かしている。いや、さすがに戸惑ってしまうな。この数百、いや数千の群衆の前で、討伐軍が打ち破れたと言ったら、とんでもないことになるはず。っていうか、信じてくれるのだろうか。その時だった。



「……討伐軍は、魔女の軍勢に負けました。皆打ち破れて、たくさんの兵士が死んだのです」



 馬から降り、群衆の前に立ったメディニアは、彼らの戦闘の結果を明かす。



「……え?負けたと?そんな……」



「あ、有り得ないぞ!数百の兵士たちがいたんだ!そう簡単に負けてしまうものじゃない!」



「メディニア様……?」



 やはりな。彼らは敗戦のことを受け入れられない様子だ。群衆が揺らぎ、少しずつ騒めき出す。



「いや、これは事実よ。私とここの二人がその目で確かめたんだから。数百の兵士が死んで、また数百の軍が逃げ出した。間もなくこちらにも来るでしょう。それに、私に様とか付けないで、気持ち悪いから」



 いまはっきりと気付いた。メディニアはどこか前とは性格が変わったようだ。



「……!?ブライアン様の娘、ちょっと性格が変わった……?」



「ま、まあ、それはどうでも良い。で、辺境伯様は?」



 そう、彼らに取ってはこの要塞都市、ひいてはこの辺境伯領を統べる彼がどうなったのが最大の問題なのだろう。心の奥底から少しずつ湧き上がってくる不安を抑えながら、数千の群衆は息を呑み、メディニアを見つめる。



「辺境伯は、死に際に追い込まれたあげく、魔女の軍勢に降参しました。今彼がどうなったのかは、もう知る用もありません」



「……!」



「そ、そんな……あの閣下が、降参してしまったと?一体何があったのだ……」



「もう、ここは終わりかもしれない……しかし、魔女の軍勢?何だそれは?」



 魔女の軍勢。それは今まで彼ら、いや、世界中の人々に馴染みのない言葉なのだろう。何人かが敗戦の衝撃の中でそれに気付き、メディニアに返事を求める。



「……そのままの意味です。魔女たちは軍を持っています。数百の兵士で、人間の形をしていたけど、人間ではなかったような……全員、かなり強かった。もしかしたら、こちらに攻めて来るかもしれない」



「そんなバカな……魔女どもが、軍勢を持っていると……!?」



「どうしよう……もう、終わりだ……」



 群衆の中で不安が広がっていく。何人かは恐怖と衝撃で青ざめていく。騒めきがその激しさを増していき、もはや大騒ぎだ。



「いや、ちょっと待ってくれ!ならブライアン様は?」



 そんな中、ある衛兵がメディニアにそう叫ぶ。それを耳にし、メディニアが少し驚いたようにびくっとする。



「……騎士ブライアンは、敵の攻撃で命を尽きました。ただ、それだけ」



 メディニアは体が震えを堪え、皆から視線を逸らしながらそう言い告げる。



「そんな、あの騎士まで……」



「ちょっと待って、確かあの子は、ブライアン様の娘なんじゃ……」



「まさか、自分のお父さんが殺されるのをその目で見たってことか……?」



「そんな、可哀想に……」



 メディニアの事情に気付いた者たちが、やがてあの子を可哀そうな目で見つめる。



「ねえ、皆さん、私の話を聞いてください!皆で力を合わせて、復讐をしましょう!」



 メディニアは声を上げ、皆に復讐を求め始めた。



「復讐、だと?」



「そうです!あの魔女どもを倒さなくては!死んだ人々の復讐をするためにも、戦わなくてはいけません!そしてまだ捕まってしまった者もいます。その人も救わなくては!!」



 メディニアの熱弁でまた群衆がどよめく。



「復讐?魔女の巣に攻めに行くってことか?」



「だろうな。しかし、そんなに上手く行くかな……」



 そんな中、ある者が大声を出し注目を集める。



「全員、静かに!」



 そこを見ると、衛兵のように見える中年の男性が人混みの中から現れる。何人かの兵士がその者に続いている。



「俺はガルペ、守備隊の中で最先任の者だ。守備隊長だったブライアン卿の指示の下、今から俺がここの守備隊長を務める!」



 あの顔を見る。確かどこかで見た気がする顔だった。メディニアがそんな彼に声を掛ける。



「ガルペ?確か前に会った記憶が……ガルペさん!今すぐ軍を準備して、またあそこに……!」



 メディニアとガルペは顔見知りだったのか。戦意に満ちているメディニアは彼に出兵することを急かしている。ガルペは何かをじっと考える。



「……いや、メディニア。今はまず情報を集めないと。君たちが言ったのが本当なら大変なものだ。まずは防御を固め、援軍を要請しないとだ。ここの戦力は大したものでない」



「いや、ガルペさん、あなたの仲間もたくさん殺されたんですよ!それなのに、ここに引きこもっているつもりですか!?今すぐ、皆の仇を……!」



 メディニアが血と憎しみにまみれ熱意を吐き出すその際、誰かが彼女の話を遮る。



「おい!俺たちにお前のために死ねってことか?」



 そこを見ると、険しい印象の男が立っていた。



「なに?っていうか、あなたは誰?」



「俺はコニマン、傭兵をやっている身だ。まあ、それはさておいて、お嬢さん、皆の復讐だと?ちょっと違うな。それはお嬢さんの父のためじゃないのか?」



「なに?」



「聞く限りだと、死んだ騎士ってお嬢さんの父らしいじゃないか。今自分の父を殺した奴らに復讐するために、ここの皆で攻めに行こうって言ってんじゃねぇか?自分一人だけじゃ力が足りないからよ」



「……それは」



「俺は傭兵だ。金にならない戦いに加わって、無駄に地を流す筋合いはないってもんだ。戦いに行くなら、好きな奴らだけにしておけ。っていうか、聞きたいことがあるけど、辺境伯がないなら俺らの給料はどうなるんだ?」



「……」



 コニマンのそれを機に、群衆の中の何人かが頷く。確かここには傭兵も結構いたはずだ。彼らは金で動く者たち。雇い主である辺境伯がなくなれば、彼らはどうなるのだろう。



「俺らの雇い主は辺境伯だ。もしあの人がなくなったことで報酬をもらえないのなら、もうここにいる筋合いはない。っていうか、今までもらえることになっていた報酬はどうなるんだ?」



 もし辺境伯がいなくなったことで報酬をもらえなかったらどうする。そう思い、不安を感じたのか、傭兵に見える者たちが騒めく。



「全員静に!今は緊急事態だ!傭兵も引き続きここで待機するように!フミエ!周辺の要塞都市に伝令を送れ!ならば援軍を来るはずだ!その間まで防備を固めて万が一の場合に備える!傭兵の報酬は後に解決する!」



 ガルペの話を元に、その場の不安と騒めきが収まっていく。



「ちっ、報酬は大事だが、緊急事態か、今は我慢するか……」



 コニマンは不満を持っているようだが、今は我慢する気のようだ。そうやって群衆が解散されていく。



「ど、どうしよう、魔女たちが軍勢を持っているなんて……」



「もしかしたら、ここに攻めて来るかもしれん。メディニアと言う子が言ったように」



「商売はやめて、ここを逃げるべきかも」



 だけどまだ何も解決された訳ではない。彼らの顔を見るに、不安を抱えているが歴然と見える。討伐軍が負けた。そして魔女たちがここに攻めて来るかもしれない。その恐怖が彼らの心を覆い尽くしていく。



「そんな……仲間が死んだのに、ここに引きこもるなんて……パパ……仇……」



 メディニアを見ると、下を見ながら独り言を呟いている。その目には暗闇が満ちていて、今までの熱意はどこにもない。



「おい、メディニア、大丈夫か?」



 そんな彼女に声を掛けてみる。彼女とはもう何の関係もないかもしれないけど、どうしても心配になって放っておけない。



「……皆、臆病者よ……なら、私だけでも……」



「……うん?メディニア?」



「……皆が行かないなら、私だけでもあそこに向かうのみ……」



 その時、ガルペが俺たちを呼ぶ。



「おい!メディニアと冒険者の二人、突然で済まないが少し協力してもらおう。そこで何があったのか具体的に教えてくれ」



「え?俺らのことか?まあ、別に構わんが……」



「兄貴、メディニアは……」



「……パパ……」



 メディニアを見ると、ガルペの声が聞こえなかったのか、独り言を繰り返すのみだった。



「おい!メディニア!」



「……!何ですか、あなたたち……」



 この子はやっと気が戻ったようだ。だけど雰囲気は依然として暗い。



「ガルペが俺らに協力を求めるけど、どうする気だ?」



「……どうでも、良いです……」



 そうやって、俺たち三人はガルペの方に向かう。まだ何をやるべきか決まった訳ではないけど、ここの者たちに役に立つのなら協力してあげるのも悪くないだろう。だが、メディニアが何を考えているのか、まったく分からない。復讐する気なのか?あいつに?ガルペと協力が終われば、あの子の聞いてみないとだ。

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