幸せな日々は、それから何週間も続いた。

 かつての、何もかもが戻ってきたような気がした。


 毎朝、優しいお母さんの手料理を食べて。

 お父さんは毎朝、友達と一緒に行く様を見送りに玄関まで来てくれるし、伊織もすっかり立ち直ったみたいで、元気に私の隣を歩いてくれている。

 葵はいつもおにぎりかパン片手に、登下校まで一緒にくだらない話――昨日みたバラエティはどうだったか、とか、ティックトックで流れて来た動画だとかを話題にして。

 学校で、ティックトック踊って。

 忘れ物をした時、お互いに貸し合ったり。

 

 充実した日々が、受験間際まで続いた。

 受験勉強中も、深夜までいつまでも話しながらやって、流石に声を大きくさせ過ぎたみたいで、お父さん起こしちゃった事もあったっけ。


 そして、高校卒業。


 木漏れ日の中、桜散る校庭で、記念撮影して。

 

 ――出来過ぎてるぐらい、幸せな日々を過ごした。

 

 そんな時だった。


「よ」


 あの、悪魔さんが久しぶりに姿を現したのだ。

 姿は相変わらず変わっていない。

 校庭にある、木に腰かけて、桜の花びらをむしりながら、笑ってこちらを見つめていた。


「悪魔さん!」

「久しぶりだなお嬢ちゃん。ちょっとは背、伸びたか?」


 まるで、親戚みたいな物言いだった。

 それにくすりと笑って――。


「悪魔さん、ありがとう」

「お?」

「私、あなたのおかげで何もかも……何もかも幸せです!」


 笑みが零れて、うん、とお辞儀をする。

 すると――――噴き出したように、悪魔さんは笑った。


「ふ、はははははっは!!! お前さん、何か勘違いしてないかい?」

「え、何言ってるんですか」

「ここまで、お前さんが掴み取ってきた幸せだぜ? ――――だって」


 刹那。



 目の前が、真っ暗になる。

 腕は重く、自分の体を持ち上げでもしているかのように、力が入っていた。

 脚は――――地面から、離れている感覚がする。


 両手を見てみると――手は、輪っか状の縄にしがみついていた。


「これ、“お前さんが掴む筈だった未来”、なんだもんな?」

「……嘘」


 苦しさ、よりも首から頭が離れていく激しい痛みが一瞬襲って――鮮明に、記憶が流れ込んでくる。


「お前さんの、走馬灯に混じった妄想を、俺が形にしてやったんだよ。それにお前は言ったよな?“どうせ死ぬなら”って」


 もはや、言葉を言葉として理解が出来なくなっていた。

 音楽が、あの音楽が流れているのが解る。


「あるかもわからぬ地獄、縋ってもいけないだろう天国。それらに希望を見出して、勝手に失望した報いってやつだ。でも、もう安心しろ」


 体は脱力しきっている。

 意識が、段々薄れていく――――闇の中へ。


その足は、二度と地上を踏むことはないNulla in mundo pax sinceraんだからな」


 ――――音楽が、止まった。

 こえも、いまはきこえない。

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嗤う悪魔の現代愉悦録 ろーぐ @rougue_story

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