丁寧に並べられた、いつもより明るい食卓を終えて、外に繰り出す。

 後ろ髪を縛ったのもいつぶりだろう。

 日差しも眩しいし、こういう日は訳もなく良い事が起こりそうな予感がして好きだ。

 

 あの車道から響く、車の走行音もいつもより心地良く聞こえてくる。

 とりあえずコンビニにでも行こうか、確か財布には2300円あった筈だし、からあげの一個ぐらいは買えそうかな。

 そんな風に考えながら、歩道から見える白く輝いている横断歩道を歩いていくと――。


 けたたましく、クラクションの音が鳴り響いた。


 私の頭は、一瞬真っ白になって反射的に後ろに転ぶと、車は目の前に通り過ぎていった。

 信号を見た時、確実に青信号になっていたのに。

 

「危なかったよな」


 後ろから、あの声が聞こえて来た。

 思わず振り返ると、こちらに左手を差し伸べる、あの少年悪魔が。

 差し伸べてくれた手を握ると、雑に、だけど凄い力で引っ張り上げられ、瞬く間に立ちあがれてしまった。


「え……あり、がとう」

「見た所、高齢者ドライバーの運転臭いぜ。ほら写真」


 どこからともなく、悪魔は右手に何かを持ち、それを私に握らせる。

 一瞬で見て分かった。

 私のスマホだ。

 

 その画面にはカメラアプリが表示されおり、写真の一覧の最新には白髪の老人が、大口を開けて目を開いている様子が映っている――が、明らかに正面から撮影しているように見え、飛び出した人に驚いているようだった。

 こいつが撮った物だろうか、そんな事より。


「スマホの中身、見てない?」

「見てないぞ。俺は別に、お前さん自体にゃ興味ないしな――というか、それを言うなら最初に警告しとけよ。しょっぱなから俺はスマホをいじって音楽流してたぜ」

「あ、それもそっか……」

「それよか、ほれ。コンビニ行くんじゃなかったのかい?」


 振り向いてみると、その先の青信号が点滅し始めていた。

 

 あ、やばい。

 駆け足で、横断歩道先のコンビニへ向かう。

 コンビニの店内へ行くと、おなじみの入店音で迎え入れられ、私はそのお菓子コーナーで、ある人を見つけた。


 黒い髪の毛の、ロングヘアが良く似合う、同じ年の見知った少女。


「あ、葵!」


 声をかけたのは、私の方だった。

 呼びかけに応え、振り向いた彼女は嬉しそうにこちらへ駆け寄って、抱きしめて来た。


「楓ぇ! 久しぶりぃ! 会いたかったよー! もうずっと引きこもっちゃうんじゃないかって、でもそんななのに会うのも悪いかってさぁ~心配してたんだよ」

「いやいや、もう大丈夫だよ~! ちょっと色々、吹っ切れて今日ぐらいはって思って」

「えそうなん?! ここじゃなんだし、色々お菓子買って色々話そ! 場所は――どする?」


 そう問いかけた時、ちょっと笑みが零れる。


「じゃあ私の家! ちょっと変わったところがあるんだよね!」


 相変わらず、元気な子だな。

 こちらまで思わず嬉しくなって、結局店内を出る頃にはコンビニ袋一杯にお菓子を買ってしまった。

 所持金は、すっからかん。

 でも、こころは今まで以上に満たされていた。


 伊織も来て欲しいな、でも今は――――。

 そう考えていた時。


 向こうから、涙ぐんで俯き歩く伊織の姿が見えた。

 声をかけようか迷っていると、葵が手を振って声を出そうとする。


「いおりん~! どうしたのー!」


 葵は浮かれているんだろうか。

 やめときなって、と小声で諭そうとすると、きょとん、とした顔でこちらを向く葵。

 聞かされてないのだろうか。

 それとも――と考えた所で、悪いように考えかけてしまって、私は思考を停止した。


「いいや、こいつは何も知らないみたいだぜ?」


 このタイミングで? というかどうしてしってるの、そう言う為に声のする方へ向こうとすると、そこには誰も居なかった。

 どこに行ったのだろう、あの悪魔は。

 左右を見渡すと、葵が心配してこちらに小首を傾げながら言う。


「大丈夫?」

「え……? あぁ、うん」


 一瞬呆気にとられて返事が遅れた。

 一体、どこからどこまで聞いて、見ていて、いつまであの悪魔は憑いているつもりなのだろうか。

 そんな事を考えていると、伊織がこちらへ近づいてきた。

 伊織が向かってきたのは、葵の方だった。

 葵の胸へと飛び込んで、一気に破裂したかのように伊織は泣き出した。


「うええ……私、私……ううぐ」

「おお? よしよし何があったし……」

「ぐす……彼氏、事故にあって……それで……しかも……ひっく、信じらんないよもう……」


 どうやら、本当に伊織は葵に何も言ってないらしい。

 私に、何故真っ先につたえたんだろう、と疑問に思いつつも、こじれるといけないのでそのことは黙っている事にした。

 サイドテールの後ろ髪を振りながら、彼女は涙ぐんで言う。


「しかも……浮気、してた、って」

「は、え……は??」


 葵の表情が驚きのそれに一瞬変わってから、徐々に震える。


「なにそれ!? すっごい許せないんだけど! 伊織が居ながら……え、てか……浮気相手どんな奴だし、なんでわかったん?」

「質問が多いよ葵……」

「だいじょう、ぶ……あの人、前から浮気してたみたいで………こうたさん……あの人、中学生相手に浮気してたの……スマホ見たら、沢山の女の子の隣で写真とってるのみたし」


 その場にとうとうしゃがみ込んで、泣き出す伊織の背中を擦ってやり、葵は伊織を抱きしめる。

 しばらく涙は止まりそうになくて、気が付けば全員で泣いていた。


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