第9話

 昼を知らせる鐘が鳴った。

 レンフェルは食堂へ向かう前にリセラの部屋へと向かった。

 扉を叩いても応答がない。開けると集中して書類を読み込む彼女の姿があった。


「リセラ、昼だ」

「うわっ! もうそんな時間ですか」

 驚いた声を出したリセラが時計を確認する。


「続きは食事のあとでだ」

「はあい」


 リセラが名残惜しそうに書類を置いた。キリの良いところまでと言いたいところだが、この二週間でレンフェルは学んだ。

 リセラは放っておくと食事をおろそかにする。否、栄養ドリンクを作り始めて「これ飲んでおけば大抵のことはいけますから」と胸を張るのだ。


 そういう問題ではない。人間、食事と睡眠は大切だ。

 第五師団では、勤務中に一時間の食事休憩を順守するように指導している。

 ついでに言うなら引継ぎ云々で残業を強要する言動も取っていない。


 彼女を連れて外に出るとぱらぱらと飛沫が飛んでくる。誰かが水魔法を使っているらしい。花壇の水やりだろう。

 そういえば魔法使いの館の裏手には薬草園があったことを思い出す。今も誰かが管理をしているのだろう。


「何か足りないものはないか? 魔法薬の材料の調達ルートはロージエから引き継いだか?」

「はい。色々と教えてくださいましたし、同僚の魔法使いたちも親切に教えてくれます。あと、わたし特性栄養ドリンクを褒めてくださいました!」

「俺は別にリセラの栄養ドリンクを否定したわけじゃないぞ。第五師団では寝る暇もないほどの仕事量は与えていない」

 むしろウォリン王国で彼女はどれだけ働いていたのか。


「ポーションってすぐに在庫が尽きる品だったのですが、ここではそうでもないのですね」

「まあ、宮殿とは違うからな。基本的に第五師団の騎士たちが使用する分しか製造しない」


 彼女がこれまで担ってきた仕事量からしたら物足りないかもしれない。聞けば日々相当な量のポーションを生産していた模様だ。国で賄う分を宮殿付き薬師が一手に引き受けていたのではなかろうか。


「リセラにしたら物足りないかもしれないが、手の空いた時間で魔法薬の研究をしてみたらいいんじゃないか?」

「そうですねえ……。自然が近しい土地なのでフィードワークもしてみたいです。聞きましたよ、数か月に一度不可侵領域の浅い場所で素材調達をするのだとか」

「魔物の生息調査ついでにな。一度アヴェッカーと話しておく」


 アヴェッカーとは、第五師団に所属する魔法使いの中の上役だ。


「よろしくお願いします」


 なんて話をしながら食堂に向かっていると、伝達魔法が届いた。パトリックからだ。

 緊急を知らせる印がついているが機密事項のそれはついていない。

 解呪をして、メッセージを読んだレンフェルは青い顔になった。


「どうしました?」

「……面倒なことになった」

 要領を得ない回答にリセラがこてんと首を横に向けた。


「リセラ、食堂には一人で行ってくれ。いいか、食事はちゃんととるんだぞ。栄養ドリンクで済ませたらだめだからな」

「し、信用がなさすぎです……」


 何やらショックを受けるリセラをその場に残したレンフェルは砦の玄関口まで走ったのだった。

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