どの物件がおすすめですか?
美澄 そら
お題【住宅の内見】
山口
「はぁ………一軒家のタイプですか」
目の前の可憐な女性は、瞳を輝かせながらこくりと頷く。
――いや、こくりじゃねぇのよ。
肇は困り果てて後頭部を掻き、再度手元の書類を見下ろす。
社長のこだわりでカフェのようなオシャレなカウンターには、陽射しがたっぷりと入ってくる。お出ししたコーヒーの湯気が視界に揺れた。
彼女の希望シートには、市区町村や金額の記載はなく、ただただ一軒家のところに丸があるばかりで、まっさらである。
賃貸の営業に回ってきて一年、初めての難題だった。
肇は、元々同社の住宅部に就職し、十年は住宅の営業をしていた。
住宅と賃貸で違うのは、やはりお客様の質だろうか。 住宅では家を購入されるのが決まっている、夢いっぱいできらきらした未来を見据えている方が多いのに対して、賃貸のお客様は、もうその日に移りたいんですと切羽詰まっている人から、一年かけてじっくり検討する人までいる。
今回はまたかなり特殊で、物件を探しておくということで一度引き取ってもらった。
アサキ不動産の賃貸は、マンションやアパートタイプだけではなく、一軒家も取り扱っている。
ただ、そのどれもがファミリー向けで、二階建てや三階建ての大きさだ。
「珍しく手こずってるみたいだな」
お疲れ、と缶コーヒーを差し入れてくれたのは、同期の爽やかイケメン
山口は遠慮なくプルタブを起こして、コーヒーを喉に流し込んだ。そして、吐く息とともに「だって」と呟く。
「二十歳にもなってない小娘が、なんだって一軒家の賃貸なんぞ借りようとするんだよ。しかもひとり暮らしだぞ。怪しさしかねーだろ」
「事情は聞かなかったのか」
「聞いたらうふふしか言わねーのよ」
「山口さん、一応何軒か出しておきました」
事務方の吉野が山口のノートパソコンの横にそっと資料を置く。
「サンキュー。助かるわ」
布良と吉野が、視線でいちゃついてるのをスルーして、貰った資料を捲る。
やはり、一人には広すぎないか。賃料だって、馬鹿にならない。
若いし、初めての引っ越しかもしれない。
一回内見かまして、諦めさせるかな。
貰った資料から二枚引き抜き、早速予約のために彼女に連絡を入れた。
そうして、内見をすることになったのだが……。
「あの、山口さん」
「はい」
「山口さんは、お子さん何人欲しいですか?」
パーソナルスペースを超えて、ぐっと身を寄せてくるお客様。
肇は笑顔で一歩引き、「子供は授かりものですからねー」と適当に流す。
しかし彼女は気付かない素振りで肇の作ったスペースを踏み込み、「ご結婚の予定は?」と質問を重ねた。
先程から、内見とは名ばかりでこの攻防である。
いや、むしろ内見をされているのかもしれない。
住宅ではなく、俺を。
ちらっと横目で彼女を確認する。正直合コンで出会ったのであれば、お持ち帰りしたいレベルで好みではある。
だが、彼女は未成年だ。成人の年齢が下がったとはいえ、ついこの前まで高校生だったと聞くとゾッとする。
「申し訳無いのですが、」
肇がそう切り出すと、彼女はくすっと笑った。
そして、彼のグレーのネクタイを白く柔らかそうな指先で弄ぶ。
「山口さんは、きっと私を選ぶと思います」
「え?」
「だから、三年待ってくださいね。……それで、どの物件がおすすめですか?」
肇は言葉に詰まり困りつつも、嫌な気持ちになっていない自分に気付いた。
どの物件がおすすめですか? 美澄 そら @sora_msm
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