ナイトマンの守る意味は

バルバルさん

そして、味を知る者達が愛おしいから

「実は僕、人間じゃないんだ」


お皿を洗っているときに聞こえた言葉に一瞬手を止めて、私は振り返りもせずこう答えた。


「うん、知ってたよ」


 私は間宮儀沙羅(まみやぎ さら)。普段は大学に通っている普通の大学生……だった。

 だった。というのは、通っていた大学の校舎が、怪獣災害によって吹き飛んでしまったから。

 あの日の事は鮮明に覚えている。大学に行こうと思ったら鳴り響いた緊急の警報。そして災害時の一斉送信メールの音。

 慌てて外に出れば、地響きと共に地底から這い出す巨大な化け物。その背が見えた。

 怪獣災害。地底から、空から、海から現れる巨大な化け物たちによる災害。今まで日本では地方にしか現れなかったのに……

 ついに、都市その巨体が現れた。

 壊れる建物。悲鳴すら消えていく。その鳴き声にかき消される。

 私は避難場所に指定されていた場所へと逃げた、その時だった。怪獣の尾が弾いた家。それが私へと降ってきたのは。

 ああ、死ぬときって、こんなあっけなくなんだ。なんて一瞬思う暇すらなく、私はがれきの下敷きに……ならなかった。

 いつまでたっても感じない痛み。気がつけば、私を守る様に立つ、巨大な騎士がいた。


 この日、怪獣とは別の存在、騎士のような見た目のその巨人、ナイトマンが現れた。


 というわけで、怪獣はナイトマンが退治してくれたが、壊れた大学の校舎はそのままだ。再建されるまで、授業はお休み……というか、再開されるのだろうか?という一抹の不安。

 そして。


「何これ、めっちゃ旨い!」


 私とシェアハウスすることになった、現在シチューライスを目を輝かせて食べる一人の青年への不安で、深いため息が出た。

 現在、日本では怪獣災害による家屋不足が深刻だ。なので、シェアハウス制度ができている。簡単に言えば、仮設住宅ができるまで、現在ある家に二人や三人押し込もうという制度。

 もちろん、厳正な審査、AIプログラムによる人格判定。などなどで、「人格的に問題なし」な人に限るが、家に知らぬ人が転がり込んでくるのは、ものすごーく国民の不安をあおり批判を受けている。

 まあ、見知らぬ人がシェアハウスするのはごく稀で、異性同士なんてもっと稀。さらに、給付金やらいざというときの連絡手段などで、言うほど危険な制度ではない…………と、説明されたのだが。

 見知らぬ、男性がマッチしてしまった。

 私もびっくりしたし、相手もびっくりしていた。もっと言えば市の人もびっくりしていた。

 とはいえ、給付金はすでに受け取り済み、家には家具などの給付も終わっていて、「今更なし」は通じず、私の家へ、彼こと岸守(きし まもる)がやって来た。

 市の人は、何かあればすぐにご連絡を!と言ってくれていた。まあ、何かあればすぐに突っ返してやる。と思い、ご飯にシチューをかけて提供した。

 そしたらとっても喜ばれて少々困惑してしまう。

 守は、なんていうか不思議な大人だ。私は20だが、彼は24だという。仕事は人を守る仕事と濁されたが、消防士とかだろうか。

 とりあえず1週間一緒に住んでみたが、問題は……無かったと言えば嘘になる。

 私の私的なスペース以外はいつの間に?というほどに綺麗にしてくれるし、こまごまとしたところで、私をいい意味で守るべき女性扱してくれるのはなんというかくすぐったい。

 だが、食事に関していうと……恐ろしい味だ。

 そう、マズいと言うのは、食べられる味に言う事だと、彼の料理を口に含んで思い知った。

 そして、私の料理を目を輝かして、まるで初めて食べるように食べてくれる。

 なんというか、本当に不思議だ。


 俺の名前は、ナイト・ヴェルべルーチェ。ナイトの星X72から来た。

 この星は、グランクロスと呼ばれる星の配列の後、怪獣が現れるようになった。怪獣、星のバランスをあえて崩すために現れる、星の自死プログラムの一種。

 俺たちは、それから知的生命体を守るために宇宙中に配属された。

 この星で活動している時の名前は、岸守。いつもは消防士……という設定で、日々怪獣と戦っている。

 だが、この星では奇妙な事に、俺へのエネルギー供給が成されない。普段は光さえあれば生きられるのに、この星では食事が必要だ。

 そして、「食事」というものの楽しさ、素晴らしさを教えてくれたのが、沙羅だ。この星に存在する珍妙なプログラムで一緒になった彼女と俺。

 とりあえず一緒に住んで見たのだが、彼女は俺に「食事」の素晴らしさを教えてくれた。

 甘い、酸い、しょっぱい、苦い、辛い……様々な味を教えてくれた。

 そのおかげで、怪獣災害に対応する際にエネルギッシュに活動できる気がした。

そして、彼女自身もチャーミングだ。きっと、良いお嫁さんというものになるだろう。

 だが、この星の怪獣災害は他の星に比べても苛烈だった。

 俺は傷ついた。光の血を流し、吐き、倒れそうになったのも一度や二度ではない。

 だが、倒れるわけにはいかなかった。「美味しい」を教えてくれた彼女の為に。そしていつのまにか、宇宙には無い、味というものにこだわる、不思議な知的生命体、「人間」を、愛おしく感じるようになったから。


 だが、ある日。怪獣の一撃が、俺のコアを深く傷つけた。

 これ以上この星に居れば、コアの破損がひどくなる。

 食事はとても愛おしい行為だ。だが、それでは治らない。

 元の星、X72へ帰る日が来たのだ。


「うん、知ってたんだ」

「当たり前じゃん」


 私は、お皿を食器乾燥機に入れる。だが、未だ後ろを向いたまま。


「いつも、怪獣災害が起こると居なくなって、終わったらひどい怪我を隠して帰ってきて、それでも心配されないようにいつも笑顔で……だれだって、わかるよ」

「……そっか」

「それとも、なに?」


 私は、ぎゅっとこぶしを握った。


「貴方の事、一緒に住んで何もわからないほどに馬鹿な女だと思ってたの? ふざけないでよ!」


 気が付けば、私は震えていた。


「い、いつも、傷だらけで、この間なんて、怪獣にくし刺しにされて……い、いっぱい、キラキラが流れて……ほんとうに、死んじゃうのかって、心配、したんだよ」

「……ごめん」

「……謝らないで」


 しばらく、無言の時間。時計の音だけが響く。


「……帰るんだね」

「そこまで、わかっちゃうかい?」

「うん、だって、今まで隠してたのに、正体を明かすなんて。それくらいしか思いつかないから」

「……ありがとう」

「何が?」

「君のおかげで、僕はこの星で、味を知れた。美味しいを知れた。そして、戦うという意味を知った」

「そんな、こと……」

「だから、さよならだ」


 それは、ちがうじゃん。


「ちがう」

「え」

「そういう時、この星ではまた会おうって言うんだよ?」


 そう言って、私は振り返る。


「また会いましょ。その時は、食べたいもの、何でも言って」


 鼻が痛い。目が痛い。でも、笑顔は作れた気がした。


「わかった……また、会おう。その時は……」


 X72。その病室に俺はいた。

 隣には、アーサー・ベルドルガン。俺の任務を引き継ぐ、あの星で言う次のナイトマンだ。

 アーサーは何個か俺に質問を投げかけてきた。地球の事をあらかじめ少しでも知りたいと。

 真面目だな。なんて思い。一つ一つ答える。

 

「最後に……これだけは、覚えておくべきことはありますか?」

「ん? そうだなぁ……地球に着いたら、まず最初に。シチューライスを食べろ。それで、僕があの星が大切な意味、分かるはずだから」

「しちゅーらいす?」


 首を傾げる後輩にくすりと笑いつつ、窓の外の光を眺める。ああ、なんというか、またシチューライス、食べたいな。なんて思いながら。

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