第153話 浮浪児ゼロの真理

Side:マギナ・トゥルース


 朝、朝食を終えて、ヤルダーと向き合った。


「さあ、答えを聞かせて」

「僕はSランクになって貴族になります。そして浮浪児達を救う」

「それじゃ限界があるわ。その限界を破るために王を目指して。王になれたとしても他国には影響を及ぼせないから、侵略して。いったい何人の浮浪児が生まれるんでしょうね」

「すみません。Sランクでも男爵止まりですよね」

「ええ。私の答えは、浮浪児ギルドを作るよ。そのギルドの活動は浮浪児になる原因を排除するべく動くのと、浮浪児に職を与えて、普通の人になってもらうわ」

「僕には出来ない」


「ええ、ヤルダーの能力には限界がある。だから、ギルドの最初の理念だけ作ってあとは浮浪児に運営させる。もちろん軌道修正やアドバイスはするけどもね」

「その理念はなんですか?」


「浮浪児になる原因の撲滅と、浮浪児の就職支援よ」

「それだけで良いんですか?」

「ええ、その理念に沿って、細かいアイデアと運営は全て浮浪児に任せるの。ギルドなら国をまたいで活動できるわ。これなら侵略する必要はない」


「ええと、青空教室で浮浪児の伝手はあります。ギルドは作れますけど、お金はどうするんですか?」

「巣立っていった浮浪児達から寄付を募るの。それと浮浪児達に内職をさせても良い。ベーゴマとか魔力結晶とか色々とあるでしょ。それも浮浪児に考えさせるの。私達がやるんじゃなくて浮浪児達がやる。良い循環を作るのよ。もちろん最初は手伝うわ」


「モンスター被害はどうするんですか?」

「浮浪児ギルドがモンスターの討伐依頼にお金を上乗せする。もっと良い方法もあるかも知れないから、それを考えさせるのよ」


「不作は?」

「浮浪児ギルドで食料を備蓄して、いざという時に放出する」

「そういう物に使うお金を稼ぐのも、考えさせるんですね」

「ええ、最初は小規模で良いのよ。モンスター討伐依頼金の上乗せだって銅貨1枚でも良い。食料の備蓄も小屋ひとつでも良い。でも何かしらの効果はあるはず。良い流れになるはずだから、止まらないと思うわよ」


「お師匠様、さすがです」

「でも完全ではないのよ。規模が大きくなると、きっと浮浪児ギルドは汚職や不正の温床になってしまうのでしょうね」

「でも、そういうのを防止する仕組みも浮浪児に考えさせるですよね」

「ええ」


 ヤルダーはさっそく、浮浪児ギルドを作るべく動き始めた。

 シナグルに頼んで、ギルドカードを発行する魔道具を作ってもらったみたい。


「マギナ、なんの用かな? 下らん用なら後にしてくれるか」


 冒険者ギルドのマスターからそう言われた。

 アポを取るべきなのは分かっているけど、説明すれば、たぶん不快に思ったりしないはず。


「浮浪児ギルドの初代グランドマスターのヤルダーが説明するわ」

「浮浪児ギルドだって。こいつは傑作だ。チンピラの集団と変わりなかったら、マギナには罰としてこっちが選んだ依頼を10件こなしてもらう」

「構わないわ」


 ヤルダー頑張るのよ。


「ええとですね。浮浪児ギルドの理念は、浮浪児になる原因の撲滅と、浮浪児の就職支援です。冒険者ギルドの討伐依頼金に浮浪児ギルドが上乗せします」

「そいつは願ったりだが、そんな上手い話が」


「理念は説明しましたよね。浮浪児が生まれる原因の何割かはモンスター被害によるものです。だから上乗せしてやる気を出してもらいます。もちろん上乗せ金があると宣伝して下さい」

「まあ宣伝は別に良いが」

「言質とりました。銅貨1枚でも上乗せです」

「こいつは参ったな。だが、まあいいか。依頼票に一文が加わるだけだからな」


「募金箱の設置と、浮浪児専用に生活依頼をあっせんして下さい」

「募金箱はまあいいか。その金が依頼金になるってことだからな。生活依頼で誰も受けなくて、難しくないのをあっせんしてやろう」


 募金箱と生活依頼あっせんのアイデアは浮浪児が出したのね。

 なかなかやるわね。


「倉庫を格安で貸せだぁ」


 貸し倉庫屋に行ったら呆れられた。


「不作の時に備えて食料を備蓄するんです」

「そんなの領主がやることだろう」

「その領主達があてにならないから言ってます」

「まあ、分かるけどもな。なんか利点がないとな」


「ネズミをただで捕まえます」

「それは嬉しいが。しゃあねぇな。その額で貸してやるよ」

「やった!」


 喜ぶヤルダー。


「まさかネズミは食べないわよね」

「肥料にします。その魔道具も作って貰っています。ネズミ捕獲の魔道具も」

「シナグルにおんぶにだっこね」

「いいんですよ。シナグルは浮浪児ギルドの名誉ギルドマスターですから」

「そういうのを受けるのは彼らしいわね」


「食料の備蓄はかなりの利点があります。古くなったら、浮浪児達が食べて消費します」

「無駄にしないのは良いことだわ。来年から餓死する浮浪児はいなくなるかもしれないわね」


「お前が、ヤルダー?」


 浮浪児が駆け寄ってきてヤルダーに向かってそう言った。


「ああそうだ」

「食わせてくれるんだってな」

「ただじゃないぞ。働いてもらう」

「くそっ、騙したのか」


「まあ、慌てるな。これでも食って落ち着け」


 ヤルダーはスイータリアから買ったパンを差し出した。

 食料を常に持っているのは飢えた経験があるからかしら。


「返さないぞ」

「いいから」


「ふぐ、ふぐ、ごっくん。美味しい。こんな美味しいパンは食べたことがない。ぐすっ、お母ちゃん!」


 感極まって泣き出したわね。


「銅貨10枚な」

「騙したな!」

「慌てるな。出世払いで良い。スイータリアという女の子が親切投資というのをやっているから、そこに払え」

「分かった。恩に着る」

「こういう良い取り組みが、浮浪児ギルドにはたくさんある。会員になって別に何もしなくても構わない。会員になってみないか」

「なる」


 ヤルダー、理解者がひとり増えたようね。

 この調子で頑張りなさい。

 浮浪児ギルドが大きくなって欲しいわね。

 でもそこに入る浮浪児は増えてほしくない。

 二律背反よね。

 いずれは浮浪児ギルドの寄付も、商会などから募って、ギルド職員も雇った人を使うようになると良いと思う。

 これなら浮浪児は減ってもギルドは大きくなる。

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