第150話 里帰り
Side:ある漂流者の男
もう一生無理だと思っていた里帰りができることになった。
街の部屋に転移して、見知らぬ街を歩いただけでもう母国に帰ってきたような感じがした。
妻と子供はやや不安そう。
「この街じゃないけど父さんはこの土地で生まれて大きくなった」
「そうなんだ。海が見えないけど、海はどこにあるの?」
子供にそう聞かれた。
「海がなくなったわけじゃない。ここから離れた所にあるんだ」
海が見えないのが不安なんだな。
そう言えば俺も潮の匂いが懐かしい。
島ならどこにいても潮風が吹く。
乗合馬車を冒険者ギルドで手配してもらった。
ちょっと割高になるが冒険者ギルドと提携している乗合馬車なら不安はない。
子供達は初めて見る馬に興奮気味。
「りんごをやると仲良くなれるぞ」
馬車で食う予定のりんごをひとつ出して、切り分けた。
子供達は馬に食わせていたけど、俺はりんごを一切れ食べて、懐かしい気持ちになった。
「故郷に引っ越したいって顔している」
妻にそう言われたが。
「違う、もう潮風がない生活には耐えられないようだ。ただ昔食べた味は忘れない。懐かしさは捨てられない。潮風もりんごもどっちも懐かしい」
「私は不安だわ」
「誓うよ。親に孫の顔を見せたらまた島に戻って生活する」
「ええ」
乗合馬車に乗り、これも懐かしい。
船乗りになる前は色々な街に乗合馬車で行ったっけ。
母国までは2週間も掛かった。
住んでいた街に近づくにつれて、外の景色がただただ懐かしい。
山の形をこんなにもはっきりと覚えていたなんて。
そうそう、こんな形の山だった。
住んでいた街に入ると、街は様変わりしていた。
いや変わらない店とかもある。
だが、変わってしまった店もある。
年月を感じた。
両親が住んでいた家に近づくにつれ、足は早足になり、涙が止まらなくなった。
ノックもせずに扉を開けると、歳を取った親父がいた。
「ただいま」
「お前! 生きてたのか?!」
「やっと帰ってこれた」
「後ろの人は?」
「女房と俺の子供」
「子供ということはまさか……」
「そうだよ。孫だよ。この人がおじいちゃんだ」
「はじめまして。ほら、挨拶しなさい」
「はじめまして」
「はじめまして」
「まあなんだ。話は中でゆっくりしよう」
色々な話を両親とした。
そして翌朝。
「もう行かないと」
「ゆっくりしていっても良いんだぞ」
「いや、長居すると里心がつく」
「そうか。もうお前は島の人間なんだな」
「そういうことだ。今、転移できる場所はここから少し離れているけど、俺は何とかしてこの家と島とを結ぶ転移魔道具を設置する。そうなったらちょくちょく遊びに来れるさ」
「そうか。その日を待って健康で長生きしないとな」
「じゃあ、また」
「おう、また」
島とこの家の転移魔道具のあてはある。
シナグル工房に頼めばいい。
対価の品はこれから考える。
きっと良いアイデアが浮かぶはずだ。
そして、また2週間掛って島に帰って来れた。
潮風を胸いっぱいに吸い込む。
うんうん、この匂いと感覚。
ここが俺の生きる場所なんだなと感じた。
お土産に買った絵具と画用紙に子供達が絵を描いた。
「誰を描いたんだ?」
「おじいちゃんとおばあちゃん」
俺は閃いた。
おじいちゃんとおばあちゃんに会いたい孫の心がこもった絵だ。
これでシナグルに魔道具を作ってもらおう。
島から転移して街に出る。
近所にあるというシナグル工房を探す。
文字がシナグル工房と光っている看板を見つけた。
ここだ。
「ごめんよ」
「いらっしゃい」
「あなたが持っている真理はなに?」
「俺の真理はこれだ。会いたいというじじばばと孫の気持ちは尊い」
そう言って絵を見せた。
「わははは、確かにこれは孫を持ったひとなら宝物だな。いいよ、作ってやる。どうせ転移の魔道具だろう」
「そうだ、作ってくれるか?」
「もちろんだ。そういう気持ちは大切だよな」
「まあ確かに真理よね。これで足りないと言ったら人の心を持ってないわよね」
転移魔道具を作ってもらって、実家と島を行き来できるようにした。
両親が子供達に甘いのが問題だ。
だがこれが幸せってものなんだろうな。
里帰りした家族は全員島に帰ってきた。
やはりみんな島が第二の故郷になっているんだな。
俺は、子供達の絵で転移魔道具を作ってもらったと言ったら、じゃあうちは木彫りの人形だなんやらと作り始めたようだ。
シナグルのお眼鏡に適う品ができるといいな。
だが、シナグルは島の人が作ったものなら、ほとんど受け入れるような気がする。
そういうところをくみ取ってくれる職人のような気がした。
腕の良い職人は真っ直ぐな心に応えてくれるものだ。
他の家族も転移魔道具を貰えると良い。
そう願わずにはおられない。
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