第136話 監査役

Side:シナグル・シングルキー


「大変、監査役がやって来きます」

「ピュアンナらしくないな。落ち着けよ」

「落ちいていられません。何人の首が飛ぶか」

「不正はないんだろう」

「ええ、でも帳簿が合わないことは日常茶飯事です。足りない場合は少額なら個人が負担してます。問題は余った場合です。懐に入れるわけにもいきません。なのでそういう金はプールしておいて足りなかった時の補填に使ってます」

「大変だな」


 前世の銀行がそんな感じだった。

 1円でも違うと計算のやり直しで何時間も残業が発生すると聞いた。

 ギルドもそんな感じなのだろうか。


「監査役にそういうのを嗅ぎ付けられると大変です。誰か責任を取らないといけません」


 そういうものか。

 銀行とかだと始末書ぐらいで済みそうだが。

 この世界では首になるのか。


「なんで急に監査役が来たんだ?」


 不思議に思ったので聞いたみた。


「そ、それは」

「言いづらいこと?」

「あの、私とシナグルさんが癒着していると。私がギルドのお金を横領してシナグルさんに貢いでいることになってます。噂ですよ」


 くそっ、虚言のライアーの奴の仕業だな。

 ピュアンナに迷惑は掛けられない。

 この事態をどうするべきか。


 横領の事実などないのだからどんと構えていればいいが。

 さっきの話が気になる。


「もしかして、お金をプールさせたり補填したりしているのはピュアンナがやっているのかな?」

「そうなんです」


 嘘判別魔道具に掛かると言っても頭の固い奴だと信じないんだろうな。

 その魔道具に細工があるぐらいは言いそうだ。


 『correct the ledger』、帳簿修正の英語だ。

 これを歌にすると『ラーララーラ♪ラーラーラー♪ララーラ♪ララーラ♪ラ♪ラーララーラ♪ラー♪、ラー♪ララララ♪ラ♪、ララーララ♪ラ♪ラーララ♪ラーラーラ♪ラ♪ララーラ♪』だな。


 核石をこれで作り、がわは算盤にして、魔道具にした。


「めんど臭いと思うが帳簿をこれで修正しろ。合うはずだ」

「ありがとう」


 ピュアンナは俺の工房に帳簿を持ち込んで修正を掛けた。

 ギルドでこの作業をすると問題だからな。


「何で計算が狂ったのか全て記載されているわね。だれだれがお釣りを間違ったとか、お金を落としたとか」

「始末書の嵐になりそうだな」

「仕方ないわよ。でもかなり文句が出そう。間違えたりした時に本人は気づいてないから後から言われてもね」


 となると過去視の魔道具だな。

 『past vision』で歌は『ララーラーラ♪ララー♪ラララ♪ラー♪、ララララー♪ララ♪ラララ♪ララ♪ラーラーラー♪ラーラ♪』だな。


「これで、現場を見せればすんなり始末書を書いてくれるだろう」

「ありがとう。この魔道具はかなり危険ですから、今回のことが片付いたら返します」


 帳簿も何とかなって始末書も揃った。

 目のきつそうな男がシナグル工房を訪ねてきた。


「お前がやったのか。完璧な帳簿というのを初めてみた。完璧すぎて工作が疑われる」

「魔道具は作ったが不正はしてない」


「お金が足りなくなった時とかの始末書を見たが、みんな納得してた。おかしいだろう。お釣りを間違えたかどうかなんて本人はわりと気づかないものだ。だが間違えたと納得している。俺は納得がいかない」

「どうすれば納得してくれる?」


「ピュアンナが横領していて、お前に貢いだと告白すれば納得する」

「やってもないことを告白できるか。そんな無法はない」


「ではこうしよう。神が保証すれば納得しよう」


 うん、神の声を聞かせるぐらいできる。

 質問には答えて貰えたからな。

 だが、危険だ。

 この男が魔道具を使うなら天罰はこの男に落ちるに違いない。


 やってやるか。


 『oracle』、神託だ。

 歌は『ラーラーラー♪ララーラ♪ララー♪ラーララーラ♪ララーララ♪ラ♪』だ。

 核石を作り、十字架にはめ込む、溜石と導線もはめ込み完成だ。


「使え」

「化けの皮を剥いでくれる」


 男は魔道具を起動。

 核石と溜石は砕け散った。

 やっぱりな。


 男はかすり傷程度で死んではいない。


「どうだった?」

「神に会ってきた。幻覚ではない。魂があれは神だと言っている」


 だよな。

 神と会ったらそれと分かるに違いない。

 それが神だ。

 会っても神だと分からないなんてことはないだろう。


「納得したか」

「ああ、信じよう。君達は無罪だ」


 監査役らしき男は去っていった。

 あいつはこれから信心深くなるんだろうな。

 まあ俺のせいじゃない。

 神に会いたがったのはあいつだ。


 神託の魔道具はもう作らないだろう。

 世界の危機でもない限りは。


「ありがとう」

「ピュアンナに礼を言われるほどじゃないな。それにしても虚言のライアーに意趣返しをしたい」


 俺の評判は別に良い。

 疑われたピュアンナは何か褒美を受けるべきだ。

 その褒美は評判という形が望ましい。


 嫁にしたいナンバー1受付嬢とでも噂を流すか。

 ギルドの職員の誰に聞いてもそう答えると。

 横領の噂の実態は寄付だったとした。

 ピュアンナから金を貰ったことにして俺は寄付をした。

 もちろんピュアンナ名義でだ。


 ピュアンナの噂は広まった。


「シナグルさん、怒らないから正直に。変な噂を流しましたか?」

「変な噂なら流してない。神に誓っても良い」


「まあ良しとしましょうか。ありがとう。お礼を言わせて下さい」

「大したことはしてない」

「やっぱり。語るに落ちましたね」


 ポカポカと殴られた。

 力を入れてないから、怒ってないのは分かる。

 こんなんで気が晴れるなら何時間でもやってくれ。

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