第134話 親切投資

Side:スイータリア

「ていうわけなんだけど。どう?」


 シナグルお兄さんに状況を説明して訊いてみた。


「対価がチーズだけでは足りないな」


 ちょっと厳しい。

 でも仕方ない。

 今までが甘くしてもらっただけ。


「一生、ただでパンを届ける」


 私はパン屋だから、誠意を見せるならパンを使う。


「良いだろう。まず見舞金でなく一口牛主にする。みんなで牛の所有権を分けるんだ」

「牛の世話はできないけど、確かに少ない金額なら出せる」

「そして独占契約を一口牛主と結ぶんだ。毎日牛乳を1本届けてとかね。その金額はどこよりも安くする」

「ええと、牛乳が足りなくなったらどうするの。牛さんは気まぐれって聞いたよ。乳が出なくなったりするんだって」

「そうなったら、よそから買って供給するさ」

「でも、牛さんが乳を出さない時って気候のせいで、みんな同じようになるって」


「俺がいるさ」

「シナグルお兄さんが足りなくなったら、牛飼いさんに牛乳を売るの?」

「ああ、そうだ。俺も一口牛主に参加する。しぼりたての牛乳は美味いからな」


 良く分からないけど仕組みを牛飼いさんに話した。


「そいつは良い。決まった量が毎日売れるのなら、大儲けだ。余った時には、余ったのを大安売りすりゃ良い」

「よそ様の牛を預かるなんて責任重大ね。お父さん、頑張りましょう」

「ああ、頑張るさ」


「病気になったらシナグルお兄さんに報せて。きっと何とかしてくれるから」


 一口牛主は上手くいった。

 長い目でみれば安い乳製品で元が取れるから。

 それに牛は子供を産んで利益も出す。

 その利益も一口牛主に分配される。

 最後に牛を肉にする時も。


 牛飼いさんの所の商売は上手く回っている。

 余った牛乳はシナグルお兄さんがほとんど買い取っているみたい。


 なにに使うのって聞いたら、神に売りつけるみたい。

 神様に好評なのかな。


 乳製品の仕入れ値が下がってパンの利益も上がった。

 材料もふんだんに使えるから、美味しくなったって自信を持って言える。

 それにしても一口牛主。


 みんなで支え合う。

 なんて素敵なの。

 もし牛が病気で死んでも、その悲しみをみんなで背負えば、そんなに重くない。


 私も、何か一口牛主みたいなことを始めようかな。

 何が良いかな。


 パンの店に投資してもらうのは良いかもだけど。

 テアちゃんと二人だけなら、店は要らない。


 パン屋に関係ないことをするのは良くない気がする。

 一口牛主と同じことをするのは諦めよう。


 私にできるのは、そうだ。

 パンが余った時に浮浪児にあげたらどうかな。

 その個数を記録しておく。


 その浮浪児がパンの代金を後で払ってくれるかは分からないけど投資だから。

 パンをあげる時にそのことを伝える。

 でも実際にやるとなると帳簿とかが大変そう。


「あの、一口牛主の帳簿管理はどうやってます?」


 牛飼いさんに聞いてみた。


「ああ、シナグルさんが帳簿付けの魔道具を作ってくれたからそれでやっている。簡単だよ。名前とか数字を入れるだけで良いんだから」

「シナグルお兄さんか。対価が必要なのね」


 パンをただであげると言って浮浪児達をシナグル工房に連れて来た。


「さあ、パンをあげるからシナグルに感謝の言葉を言って」

「シナグルありがとう」

「シナグルに感謝を」

「ありがとう」


「おい、何の集まりだ」

「帳簿の魔道具が欲しいからこれが対価よ。余ったパンを浮浪児に投資することにしたの。投資だから記録は残さないと」


「余ったパンを浮浪児達に投資か。捨てるならたしかにそうしたら良いかもな。気に入った帳簿の魔道具を持っていけ」


 やった、魔道具が貰えた。

 名前を魔道具に入力して浮浪児にパンを渡す。


「スイータリアちゃん、なかなか粋なことをするのね」

「マギナお姉さん」

「余った食べ物を投資するのは良い仕組みだわ。真理と言っても良い。きっと10倍になって返ってくるわ」


 恵んだり親切にする必要はない。

 見返りを期待しないで投資するのは良いかも。


 ただの投資って言い方は冷たい感じがする。

 親切投資、そんな感じが良いかも。


 親切投資をやって一ヶ月。

 パンの代金を払いにきた子がいた。


「工房に運よく入れたんだ。パンの代金を払うよ」


 10倍の値段なのにパンの代金を快く払ってくれた。

 これでまた、余ったパンを浮浪児達にあげられる。


 姿を見せなくなった子は何人もいる。

 どうしているのかな。

 べつにパンの代金は要らないから、元気な顔を見せてほしい。

 この投資が上手くいったら、その金は貯めておいて、浮浪児を出さない何かに投資しよう。

 親切投資、この輪が広がると良いな。


 さあ、今日も美味しいパンを作るぞ。

 数を多く作り過ぎるのは仕方のない事。

 だって親切投資したいじゃない。


 さっきの投資回収分ぐらいは数を水増しして作りたい。


 親切投資は、大人の浮浪者にも施し始めた。

 たぶん大人はもう働かないだろうから、回収の見込みは薄いはず。

 テアちゃんがそう言っていた。


 でも、親切投資の返ってきたお金があるうちは施したい。


「俺はもう長くない。お宝というほど大層な金じゃないが、地図がある。俺は取りに行けないので、パンのお礼に渡すよ」


 そう言われた。

 テアちゃんに相談するとソルお姉さんが探してくれるみたい。


 金貨3枚ほどの金が手に入った。

 銅貨1枚のパンが3万個買える。

 パンの親切投資が一気に膨れ上がった。


 こんなにパンは作れない。

 そうだ。

 他所のパン屋の余ったパンを買えば良い。


 ふすまを取る魔道具の時に横のつながりはある

 パンを買って親切投資する。

 あの地図の男は、体が悪いと言いながらパンを貰いに来ている。


「ああ、あの人。シナグルお兄さんが治したらしいよ」


 テアちゃんがそう言った。

 ソルお姉さんが、シナグルお兄さんに伝えたのね。

 金貨以外の宝を対価にしたのかも。

 きっと男の人生が詰まった宝だったのね。


 親切投資で人の人生が良い方向に変わっていく。

 手ごたえを感じた。

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