第34章 親切投資

第133話 死んだ牛

Side:スイータリア


「捏ね♪捏ね♪美味しくなーれ♪捏ね♪捏ね♪私の愛情パン」


 今日も良い手ごたえ。

 美味しくできた自信がある。

 でも、パン道に終わりはない。


 テアちゃんも満足しているけど、常に上を目指さないと。

 だってシナグルお兄さんに美味しいパンを食べてもらいたい。


 バターをもっと入れたいけど、値段が上がるのは困る。

 旨味は甘みは私が担当している。

 バター分を担当してくれる人がいないかな。

 捏ねているだけでバター風味豊かなパンができるのが理想。


 魔力は思考で制御できる。

 マギナお姉さんから聞いた。


「捏ね♪捏ね♪美味しくなーれ♪バターをたくさん♪捏ね♪捏ね♪私の愛情パン」


 うーん、バターたっぷりとはいかないみたい。

 魔法覚えてみようかな。

 スケートリンクの学校なら月謝も安いし、顔馴染みが何人もいる。


 仕方ないのでいつもバターと牛乳を仕入れている牛飼いさんに会いに行った。


「こんにちは」


 返事がない。

 牛舎の方かな。


「フラワー、死なないで」


 牛舎に行くと牛飼いの親子が牛をさすっている。

 牛さんは寝そべって起き上がる気配は微塵もない

 前はたくさんいた牛が今はその一頭のみ。


「取り込み中、ごめんなさい」

「もう諦めろ冷たくなってきた。フラワーが死んで、もう牛はいない」

「お父さん、また牛を買って一からやり直しましょうよ。スイータリアちゃん、仕入れ? 悪いけどどうにもならないわ。チーズなら在庫があるけど」


 娘さんがやっと応じてくれた。

 この牛飼いさんたちがいなくなると私が困る。


 新しい取引先で同じように売ってくれるとは限らない。


「もう無理だ。もう借金できない。これ以上借りると奴隷落ちだ。それに、また牛が死んだらどうする?」


 牛飼いのお父さんは悲嘆にくれている。

 私には何にも出来ない。

 でも何かできるはず。


 ううん、何かしないことには物事は進まない。


「諦めたら終わりだよ。何とかできると思うほど力はないけど、考えることならできる。何か考えましょう」

「そうだな。時間ならある考えよう」

「お父さん、考えましょう」


 あんなことを言ってしまったけど、私のパン屋の収入じゃ牛の1頭も怪しい。

 帰ってからテアちゃんと相談よ。


「仕入れ先を変えるのが無難ね」

「でも今までお世話になってきたから。無理を聞いて貰ったのも何回もある」

「冒険者のパーティメンバーが怪我で離脱なんかは良くある話よ。でも、お見舞金ははずむ。お見舞金を渡したら、そのお金でまた牛が飼えないかしら」


 あの牛飼いさんのお客さんからお見舞金を集めて回ると、出してくれる人は少ないんでしょうね。

 私の頭でもそんなことは分かる。


「テアちゃん、出してくれると思う?」

「うーん、冒険者同士じゃないからね。渋る人は多いのかな」


 みんなが出してくれれば解決なのに。

 とりあえず、パンを作るにはバターが要る。

 ミルクもね。


 他の牛飼いさんに話して仕入れはなんとか確保した。

 でも前の値段より高くなって。

 最初に行った牛飼いさんなんかは子供だと侮られて今までの2倍の金額を提示されたわ。

 もちろん怒って席を立ったけど。


 お見舞金を私の所だけでも出したいけど、材料が上がると利益が圧迫される。

 今後を考えると難しい。


「うちのパンです。少ないけどお見舞い代わり」


 牛飼いさんにパンを差し入れた。


「ご丁寧にどうも」

「スイータリアちゃんありがとう。チーズを持って行く」

「悪いよ。お金がないんでしょう」

「それがね。うちが潰れるとみて、どこもうちのチーズを買い叩きしているの。安値で売るなら、スイータリアちゃんに貰われた方が良いわ」


 こんなに良い人なのに。

 チーズの在庫を全部相場で買えたらどんなに良いか。

 チーズパンを作ろうかな。

 チーズなら日持ちがするから、たくさん仕入れても問題ない。

 ただ、今まで貯めたお金を全部吐き出していいものなのかな。


 チーズが全部売れても牛は何頭も買えないのよね。

 なんの解決にもならない。


 お母さんにも聞こう。

 お母さんに状況を説明した。


「難しい問題ね。チーズを大量に買って置いておくところはあるの。保管状態が悪いとかびるわよ」

「考えてなかった」

「いざという時のお金は必要よ。あなた達の商売だから、口は出さないけど、失敗しても尻拭いはしないわ」

「分かってる」

「見舞金のアイデアは悪くないわ。ただ見返りがないと難しいかもね」


 見舞金の見返りね。

 私にも答えは分かる。

 牛飼いなら、チーズ、バター、牛乳などの乳製品を返すべきね。


 でも牛飼いさんが生活していけるかな。

 うーん、私は頭を抱えた。


 ええと、駄目ね。

 考えが頭をグルグルと回る。

 上手い仕組みを考えないと。

 駄目、私には無理。

 仕方ない、奥の手を使うしかない。


 シナグルお兄さん助けて。

 困った時のシナグル頼み。

 だってマギナお姉ちゃんの上を行くほど賢いのだから。


 マギナお姉ちゃんの上を行くって、もうこの国で一番賢いかも知れない。

 さっきお見舞いのお返しに貰ったチーズをお土産に持っていきましょう。

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