第33章 絆

第129話 黒髪

Side:マギナ・トゥルース


 ああ、よく寝たわ。

 いけない、寝ぐせが付いてる。

 この黒髪は自慢。

 なぜかとというとシナグルとお揃いなの。

 でも、少し色艶が違うのよね。

 同じ黒でも私のは灰色を濃くした感じ。

 シナグルの黒髪は漆黒なのよ。


 漆黒に染める魔法でも開発してみようかしら。

 髪を梳かしながらそんなことを考えた。


「ヤルダー、おはよう」

「師匠、朝ごはんなら出来ています」

「ありがと」


 お祈りしてから、ヤルダーと朝食を摂る。


「師匠、ご飯食べながら本を読まないで。お行儀が良くないし、本が汚れると何度言ったら」

「では話を、髪の毛を黒く染める魔法はどのように実現可能かしら」

「師匠、僕も黒髪になれるのですね。一門の証は黒髪にしましょう」


「その魔法ができたら好きにすると良いわ」

「ええと、染料を使わずにですよね」

「決めつけるのは良くないわ」


「染料を使っていいなら魔法は必要ないのでは」

「ええ、でも私達は魔法使い。魔法を使わずに名乗れないわ」


「難問ですね。暗闇のダークが使った光魔力を吸収する魔力を再現できればいいのですが」

「駄目よ。髪を洗うと光の輪ができるの。それが美しいの」


「そもそも、髪の毛の色はどうして個人差があるのでしょうね」

「分からないわ。生まれた時から決まっているとしか」

「師匠にも分からないのですね」

「少しは分かるわ。親に似ることがある。恐らく子へと受け継がれる何かがあるのでしょうね」


 結局、黒髪をシナグルに近づける魔法は思いつかなかった。

 さあ、シナグル工房へ行きましょう。


「師匠、またあそこですか。正直行って欲しくないですね」

「シナグルと私が釣り合わないと?」

「師匠が見劣りする男なんていません。あの男は気が多過ぎます。優柔不断過ぎる。付き合うなら一人にしないと」

「そうね。それは同意見。ただ不毛な戦いは虚しいのよ。そうしないためにもね」


「貴重な時間を使う価値があると思わないですけど」

「工房でも本は読めるわ」

「本を読むのならこの家でも良いのでは」

「あの工房がいいの。理屈じゃないわ」

「魔法使いは理論なのでは」


「では、こう言うわ。好きな人の近くだと安心するの」

「くっ」


 ヤルダーは弟子としか見られないわ。

 きっと何年経ってもそうなのでしょうね。


「おはよう」

「おう、おはよう」


 シナグル工房は今日も変わりなし。

 私は椅子に座り、静かに魔導書を読み始めた。


 休憩時間になった。

 ええと、休憩時間は抱き付いていいのよね。

 何か照れ臭い。

 でも他の人達に後れを取るわけにはいかない。


 えいっ、えへへ。


「ハグがみんな好きだよな」

「ええ、気分が良いわ。いまなら難題が解けそう」

「どんな難題?」

「人は持って生まれた髪の毛の色がある。それを魔法で変えたいの」

「ならば遺伝子を組み替えないと。ただこれを弄るのは怖いな」


「髪の毛って遺伝子というもので色が決まるのね。私は貴方の遺伝子が欲しい」

「ちょっ」


 シナグルの顔が赤くなった。


「何っ、変なことを言った?」

「遺伝子が欲しいっていうのは赤ちゃんが欲しいと同義だぞ」

「えっ」


 たぶん鏡で見たら私も真っ赤になっているに違いない。


「うん、何だ。恋人から始めような。申し訳ないがまだ誰かと付き合うつもりはない」

「変なことを言ったわね。忘れて」


 至福の休憩時間が終わって再び読書に戻る。

 ええと、遺伝子という物があるのね。

 シナグルはこれを弄るのは怖いと言っていた。

 考えてみたら、親から子へ病気も受け継がれることがある。

 そう考えたら確かに怖い。


 収納魔法で本を取り出して読んだけど、遺伝子に関する記述はない。

 何でシナグルは知っていたのかしら、私の完敗ね。

 ライバルであり愛しい人。


 何時までもそのままでいてね。

 客は何人かきたが、私は一瞥して本へ視線を戻した。

 女性の客もいたけど、シナグルに恋心を抱いている感じはなかった。


 事務的に魔道具を直してもらって、お礼を言って帰った。

 密かにシナグルを好きだという女性はいたかも知れないけど、憧れているぐらいで釘を刺したりするほどじゃないわ。


 ドアベルが鳴った。

 見るとソルが立っていた。

 店に入るローテーションは私の日だけど。

 魔道具の修理かしら。


「何っ?」


 少し語気が荒くなるのは仕方ないわよね。


「Sランク依頼が出た。あたいだけじゃ心許ない」

「仕方ないわね。獲物は何?」

「レッサードラゴンだ」


「俺も行こうか?」

「シナグルに来てもらうほどじゃないぜ」

「そうよ。シナグルの本業は魔道具職人。手が余るようだったらその時はお願い」


 シナグルの仕事の邪魔はできないわ。

 そう言えば生き物は不思議よね。

 ドラゴンからオーガは生まれない。

 でも狼の系統は雑種になることがあるのよね。

 グリフォンなんか馬に子供を産ませるわ。


 不思議ね。

 生命の神秘。

 全ての秘密は遺伝子にあるのね。

 それを知っているシナグルは神。


 シナグルが凄いのは今に始まったことじゃないけど、底が知れないわね。

 いつかシナグルを越えられるのかしら。

 そんな感じはしない。


 討伐を終えたら、遺伝子の話を根掘り葉掘り聞きましょう。

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