第122話 歩き回る
Side:チルル
不良品を売った客を探して歩き回る日々。
最初に回ったのは宿。
客はパッシンという人だ。
「この宿を利用した人でパッシンさんという方を知りませんか」
「何の為に聞きたい?」
「魔道具の不良品を間違って渡してしまったんです。交換しないと俺は職人としてやっていけない」
「なるほどな。良い心がけだ。宿帳を調べてやるよ」
宿帳をめくる従業員。
「どうです?」
「ここ一ヶ月でパッシンという人は泊まってないね」
「ご迷惑掛けました」
「良いって。坊主どこの工房だ」
「オドナリー工房です」
「今度、魔道具を注文する時は坊主の所に頼むよ。こんなに客を気に掛けるのは良い心がけだ」
褒めて貰えたのがむず痒い。
そんなんじゃないですと言いたいが、工房の宣伝になったのだから良しとしておこう。
わざわざ、水を差す必要もない。
全ての宿を回ったがそれらしい人はいない。
次は酒場だ。
「パッシンさんという方を知りませんか」
「常連にはいないな」
「お邪魔しました」
酒場も全て回った。
次は商店だ。
店の数は多い。
これは大変だ。
「パッシンさんという方を知りませんか。不良品を売ってしまって取り替えたいんです」
「顧客にはいないな」
「お邪魔しました」
「ちっ、こういう時はなんか買っていくもんだぜ」
「買ったら教えてくれるんですか? その人を知っているんですか?」
「ちっ、そんなに真剣にこられたら、嘘は言えないな。見たことも聞いたこともない」
「ありがとうございました」
「何で礼を言う」
「可能性をひとつ潰せたからです」
「気にいった。どこの店だ」
「オドナリー工房です。魔道具を扱ってます」
ここでも工房の名前を聞かれた。
この何割が本当の客になるかは分からないが、訪ね歩くのが好きになってきた。
目につく商店を片っ端から回ったが、駄目。
へこたれるものか。
宣伝にはなった。
あと何がある。
レストランや定食屋かな。
「パッシンさんという方を知りませんか。不良品を売ってしまって取り替えたいんです」
「常連にはいないね。ほら水だ。飲んでいきな。金はとらないよ」
「ありがとうございます」
「商人も大変だね」
目につくレストランや定食屋を全て回った。
もう回る所がない。
全て回るのに1ヶ月は過ぎた。
あの客はもうこの街にいない。
きっとそうだ。
だが、名前を知っている人がいて、どこに住んでいるのか判明すれば、旅をしてでも不良品を取り換えに行く。
それが誠意というものだと思う。
そこまでやる奴は馬鹿だろうけど、俺は馬鹿だ。
だが、馬鹿にも悪い馬鹿と良い馬鹿がいる。
良い馬鹿になりたい。
もうパッシンさんて方を知りませんかが口癖になってしまった気がする。
考えろ。
良い馬鹿になるために。
そうだ、街から出たなら、乗合馬車かな。
「パッシンさんという方を知りませんか。不良品を売ってしまって取り替えたいんです」
「常連にはいないね」
「いたら報せて上げるよ。どこの商店だ?」
「オドナリー工房です。魔道具を扱ってます」
乗合馬車を全て当たったが駄目。
でも宣伝になっているから気分は良い。
駄目だったので門番も当たる。
市場に売りにきた村人かも知れないので市場も当たることにした。
「パッシンさんという方を知りませんか。不良品を売ってしまって取り替えたいんです」
「客にはいないね」
「お邪魔しました」
「売れ残りだけど持って行くかい。家に持って帰ったら、女房に怒られる」
「ありがたく頂きます。俺はオドナリー工房に勤めてて、魔道具を扱ってます。来たら安くしますよ」
「魔道具が必要になったらね」
ここでも宣伝ができた。
工房に帰ると親方の機嫌がいい。
客が増えたんだな。
注文書の厚さで分かる。
よっし、また回る所を考えよう。
そんなことを考えていたら、ピュアンナさんが来た。
親方に会いにきたのかな珍しい。
「チルル。あなた、セイラちゃんを泣かせたら駄目よ」
「えっと」
「このところ会いに行ってないでしょ」
叩かれてからセイラには会ってない。
なんとなく気まずいからだ。
「うん、会ってない」
「親方から事情は聴いたわ。アドバイスしてあげる。シナグル工房を頼りなさい」
「俺には頼るだけの対価がない」
「靴を何足か駄目にしたでしょ。それは取ってある?」
「いつか直そうと思って取ってある」
「それを対価に持って行きなさい」
そうか、俺がどれだけ誠意を尽くしたのかの証明なのか。
自慢じゃないがかなり歩いた記憶がある。
俺は良い馬鹿になれているだろうか。
「ありがと」
「シナグル工房に行く前にセイラちゃんに会いに行きなさい」
「うん」
セイラに会いに行った。
「ごめん。俺は悪い馬鹿だった。いま良い馬鹿になろうと頑張っている」
「分かってくれたようね。何でもっと早く来てくれなかったのよ。嫌われたかと思ったじゃない」
「恥ずかしかったんだ。今は少し色々なことが分かった。誠意ってのは商売をする者にとっては大きな武器なんだな」
「ええ」
「不良品のひとつぐらいなんて考えたらいけないんだ」
「ええ、私も。レストランではお客様と一期一会。何か変な物が入っていたりしたら取り返しがつかない。だから真剣にやるの」
「後始末も大変だと分かったよ」
「そうね。一度失敗すると後が大変ね」
セイラは賢いな。
俺の何倍も商売が分かっている。
これからも失敗はするだろう。
だが俺は良い馬鹿になって乗り越えるんだ。
今回のことは一生忘れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます