第31章 履き潰された靴
第121話 やらかした
Side:チルル
やっちまった。
傷の入った溜石を処分するつもりで置いといて、それを溜石交換の魔道具に付けてしまった。
「不良品を回収しないかぎりお前には魔道具は作らせない。破ったら破門だ」
親方から言い渡されてしまった。
「分かりました。交換してきます」
不良品を渡した客を探して色々な人に聞くが、誰も見た人がいない。
だよな。
いちいち、道行く人の顔なんか覚えてない。
俺の記憶だって曖昧だ。
目立つ特徴があれば別だが、髪の色と目の色と背格好と名前だけではどうにもならない。
1時間ほど探して、諦めた。
破門になるしかないのか。
セイラに相談してみるかな。
今はランチタイムが過ぎたところで、夜の営業の仕込みはまだやってないはず。
裏口を叩くとセイラが出た。
「失敗したの? そんな顔をしてる」
「まあね」
「いまのままだと親方に謝っても許してもらえないよ」
「えっ」
俺の何がいけない。
「私が言うべきことじゃないから良く考えるのね」
「分かった」
どうやら俺には何かが足りないらしい。
だが、分からない。
どうすりゃ良いんだ。
頭を掻き毟る。
俺って馬鹿なのかな。
噴水に腰かけ、広場で遊んでいる子供達を眺める。
あーあ、俺が駄目なのは分かる。
じゃあどうしたら。
「若いの。悩みがありそうだね」
老人から話し掛けられた。
「はい」
「話してみなさい」
素直にここまでのいきさつを喋った。
セイラとのやり取りも。
「ふむ、セイラという女の子の言うことも分かる」
「分かりません」
「分からんか。失敗したのねの応答がまあねはないじゃろ」
やっと俺にも分かった。
「真剣味が足りないってことですか?」
「そうだな。そこまで分かれば後は分かるじゃろ」
「はい」
親方の前に出た。
「親方、申し訳ありませんでした。許して下さい」
必死に謝ったが親方は許してくれない。
1時間は謝ったと思う。
「謝るなら人が違うだろ」
そう言われて、だんまりを決め込む親方。
だけど客は。
どうしたら良いんだ。
何でこんなに謝っているのに親方は許してくれない。
親方の分からず屋。
俺は酒を飲むことにした。
酒場で飲みなれない酒を頼む。
酒の味は不味かった。
だが色々なことを忘れたくて浴びるように酒を飲む。
フラフラになるほど飲んで、帰路に就いた。
「親方の分からず屋。頑固者。唐変木。親方なんか」
そこまで言って言葉を飲み込んだ。
「うえーん、何でだよ。なんでこう上手く行かない」
俺が馬鹿なのか。
死ななきゃ治らないのか。
いっそのこと魔道具職人を辞めようか。
破門のまま仮に俺が独立したら、きっと俺は中途半端になって食えなくなる。
だって不良品を出すような職人は見限られる。
独立の資金もない。
今の俺を助けて資金を出してくれる人などいない。
破門というレッテルを貼られたら、よほど腕が良くないと。
たぶん、このままだと、もぐりの魔道具職人になるんだろうな。
そして、取引先は裏の住人だ。
不良品を出そうものなら腕の一本も持って行かれる。
そうでなければ、金を出すか、犯罪行為を手伝えと言われるだろう。
完全に裏の世界の住人になったら抜けられない。
じゃあ、魔道具職人を辞める。
辞めて何をするんだ。
今更他の職業には行けない。
それに破門された人間を雇ってくれる所はない。
黙って入っても、いつばれるかヒヤヒヤしながら仕事をしないといけない。
そんな精神状態で良い仕事ができるわけない。
俺は馬鹿だが、それぐらいは分かる。
いつの間にか雨が降り出して、俺はびしょぬれになっていた。
酔ってて冷たいのが気持ちいいぐらいしか思ってなかった。
もう何もかも洗い流してくれ。
すっと、傘が差しだされた。
セイラだ。
「何やってんの?」
セイラが珍しく怒っている。
「憂さを晴らすために飲んだくれてる」
セイラに叩かれた。
「心配して損した。親方に聞いたら帰って来ないって。チルル、しっかりしろ!」
「俺って馬鹿だから」
「馬鹿ならば馬鹿なりのやり方があるでしょ。考えなさい」
セイラにまで見放されたら俺はきっと駄目になる。
苦い思い出では済まなくなる気がした。
雨に濡れながら帰る。
雨に濡れて酔いが醒めた。
俺は何をしなきゃならなかったのかに思い当たった。
足が棒になるまで歩いて不良品を売った客を探すべきだったんだ。
見つからなければ1ヶ月でも。
そしてもうどうしようもないと判ったら親方に詫びを入れるべきだったんだ。
そして許してもらえなければ、職人の見習いがやる魔石磨きなんかをやり、その客が再び訪れるまで待つぐらいのことをしなきゃ。
俺って馬鹿だ。
何でこんな簡単な事が分からなかったんだ。
1時間探して、めんどくさくなったなんて、なんて根性がない。
全てが半端なんだよ。
家の壁を殴る。
拳から血が滲み出た。
あー、すっきりした。
明日の朝から客を探して一日中歩くぞ。
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