第106話 奴隷解放
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
「おう」
新顔として女の店員がいる。
雇ったのか。
まあ、チクったりしなければ、関係ない。
客は売らない信条だと俺は見ている。
絶対ではないが、とにかく大丈夫だろう。
「何の魔道具が欲しい?」
「違法奴隷を解放したい。できるか」
「もちろん」
「これがお代の一部だ」
そう言って俺は鉄の首輪と足環をテーブルに置いた。
ごとりと音を立てる。
「これは違法奴隷の物」
女がそう言って驚いた。
「だから、違法奴隷を解放したいと言っただろう」
「証拠を見ないことには何とも言えません」
用心深い女だな。
「大丈夫だよ。魔法契約を破棄できるのは違法奴隷だけそういう魔道具を作るつもりだから」
けっ、シナグルも用心深いな。
魔法契約の全部を破棄できる魔道具だったら、人生をやり直して、大店の店主に収まれたところだ。
「ラーララーラ♪ララー♪ラーラ♪ラーララーラ♪ラ♪ララーララ♪、ラー♪ララララ♪ラ♪、ラーラー♪ララー♪ラーラーラ♪ララ♪ラーララーラ♪ララー♪ララーララ♪、ラーララーラ♪ラーラーラー♪ラーラ♪ラー♪ララーラ♪ララー♪ラーララーラ♪ラー♪、ラーラーラー♪ラララーラ♪、ララ♪ララーララ♪ララーララ♪ラ♪ラーラーラ♪ララー♪ララーララ♪、ラララ♪ララーララ♪ララー♪ララララー♪ラ♪ララーラ♪ラーララーラー♪」
シナグルが歌う。
核石ができ上がり、鍵の形をした木のオブジェに核石と溜石と導線が付けられた。
「ありがとよ」
俺は魔道具と引き換えに金貨1枚を置いて立ち去った。
寝ているスレイを起こす。
「魔法契約破棄の魔道具だ。使え」
「へっ」
スレイはおっかなびっくり魔道具を使う。
「何にも変わっちゃいないな」
「ええ、奴隷主から命令を受けるまでは分かりません」
「まあ、職人の腕を信じろ。SSSランクらしいからな。それとこの金貨10枚は当座の生活費だ。言っておくが貸しだからな。利息も取るぞ」
「ありがとうございます。必ずお金は返します」
扉が乱暴に叩かれる。
ちっ、夜に訪ねて来る奴はろくな奴じゃない。
返事をせずにドアを少し開けて、誰なのか確かめる。
げっ、コインシェープ。
くそっ、しつこい奴だ。
ドアの隙間にコインシェープの靴が入れられた。
くそっ、恫喝スキルを使ってから逃げるか。
だが、今度こそ捕まりそうな予感がする。
仕方ない。
俺はドアから飛び退いた。
そして、スレイの首に腕を回す。
「ベイス、観念しろ。人質を取っても無駄な事は分かっているだろう」
ああ、もう。
こいつは妻の死の真相を疑ってないのか。
いらいらする。
分からず屋め。
俺はいら立ちの余り髪の毛を掻き毟った。
くそっ、毛が抜けている。
逃亡生活のストレスだな。
「取引だ」
「何のだ?」
「いま人質になっているこいつは違法奴隷だ。こいつを上手く使えば、報奨金がたんまり貰えるぞ。出世間違いなしだ」
「ほう。要求を言ってみろ」
「俺の冤罪を晴らすこと。それと身の安全だ」
「よし、取引に応じよう。違法奴隷の証人を放せ」
人質を放すしかないな。
ここでごねても仕方ない。
スレイがゆっくりコインシェープに向かって歩く。
コインシェープの手の届く所に行った時にコインシェープがスレイの腕を掴んで引っ張った。
そして剣を抜く。
「くそっ、裏切ったな」
「犯罪者とは取引しない」
コインシェープは剣を振りかぶった。
くっ。
驚いたことにスレイが割り込んできた。
何のつもりだ。
スレイが斬られる。
何となくそれが嫌だった。
せっかく奴隷から解放してやったのにと思ったんだろうな。
気が付いたら俺はスレイを庇ってた。
コインシェープの剣は俺の鎖骨の辺りを斬った。
ぐっ。
「グッピさん何で」
「何でって、金貸しが借りたら終いだろ。違法奴隷解放の魔道具は好きに使え」
仕方ない切り札を切る。
治癒の魔道具が欲しい。
そう念じた。
扉が現れたので飛び込む。
「なにっ、転移能力持ちだったのか」
扉の向こうから悔しがるコインシェープの声が聞こえる。
「いらっしゃい」
「こいつ怪我しているぜ」
店員として前とは別の女がいた。
剣を吊るしているから冒険者だな。
俺は出血のあまりに呻くことしかできない。
気を失いそうだ。
シナグルが治癒の魔道具を持って来て治療してくれた。
「何の魔道具が欲しい」
ここで治癒の魔道具というのは間抜けだ。
気の利いたことを言わないとな。
髪の手をやって、そうだと思った。
「見てくれ。抜け毛が酷い。どうにかしてくれ」
「対価に抜け毛を見せられちゃな。作らないわけにはいかない。ララララ♪ララー♪ララ♪ララーラ♪、ララ♪ラーラ♪ラーララーラ♪ララーラ♪ラ♪ララー♪ラララ♪ラ♪」
できた核石はブラシに取り付けられた。
そして溜石と導線が付けられた。
ブラシを頭に、魔道具を起動するとふさふさになった。
「まだ目が回るから、しばらくここに、いさせてくれ」
「オークのレバーと肉があるぜ。食って行きな」
冒険者の女がそう言ってからレバーを焼き始めた。
腹いっぱいレバーと肉を食って、血が増えた気がした。
扉の向こうからコインシェープの声は聞こえない。
よし、出るぞ。
「世話になった」
そう言って金貨2枚をテーブルに置いて、扉から戻る。
部屋には誰もいなかった。
俺は悠々と部屋を出て、門に向かった。
門番に呼び止められた。
「その血は何だ」
「ほら仮の身分証明に盗賊に襲われて荷物を盗られたと記載があるでしょ。盗賊にやられた時の血だよ」
「あるな。傷は良いのか」
「ポーションですっかりだよ」
「よし通って良いぞ」
村で服を調達しないとな。
予備はスレイに貸したままだ。
くしゃみがふたつ出た。
風邪かな。
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