第87話 基本の技
Side:チルル
計算を教えてとピュアンナに言ったら、セイラに教われと言われた。
その提案は嬉しい。
会う口実になるからだ。
セイラの休み時間に、裏口をノックする。
「はーい」
元気な声がして裏口が開けられた。
「ごめん、忙しい?」
「チルル、どんな失敗したの?」
「計算が分からないんだ」
「私も詳しくないけど、掛け算、割り算までだったら出来る」
「助かった。教えてくれ。大銀貨2枚で良い?」
「そんなに要らない。でもそうね。私の料理を食べて感想が欲しい。申し訳ないけど料理のお金は頂戴」
「分かるよ。料理人だからね。ただで食わせたくないんだろう」
「料理の値段はあなたが決めて」
「もしかして課題?」
「うん」
セイラも苦労してるな。
不味いとたくさんのお金は貰えない。
俺は高値を付けることを考えたが、そうすると怒られるんだろうな。
なるべく正直な値段を付けよう。
足し算と引き算のおさらいから始まった。
セイラの休憩時間が終わる。
「時間が余っているなら、スケートリンクに行ったら。そこで計算を教えてくれるよ」
「うん、行ってみる」
スケートリンクは暖かいのに氷が張っていた。
浮浪児が魔法を使って氷を作る。
こいつら、俺より賢い?
「スケートをやりに来たの?」
浮浪児に聞かれる。
「計算を教わりにきた」
「一日大銅貨1枚」
「分かった。ほらよ」
九九というのを教わった。
暗記するまで唱えないといけないらしい。
これができないと掛け算はできないようだ。
割り算はその先だ。
俺より随分と幼い子供が九九をそらんじているのを見てショックを受けた。
こんな年下に負けるのか。
チンピラの生徒もいたけど、あいつらは勉強なんてしてこなかったから例外だ。
「おい、チルル」
工房に戻った俺は親方に呼ばれた。
「何です?」
「灯りの魔道具は、お前が客の注文を受けて自由に作って良いかの試験だ。まだ焦ることはない。その前段階として、溜石の値踏みをしろ」
「はい」
溜め石の値段は大きさで決まる。
大体の値段は分かっている。
でもそれじゃ合格点はもらえなさそう。
ピュアンナに表を売って貰った。
これならギルドの情報だから間違いがない。
「親方、試験の溜石を出して下さい。値付けしてみせます」
「えらい自信だな」
親方が溜石を出す。
俺は定規で測って、早見表を見た。
「おい、それはどこで手に入れた」
「どこってギルドですけど、情報を買ったんです」
「こいつ、なんでこんなに根性が悪いのか」
大目玉を食いそうな予感。
「すみません」
「罰としてこの課題が終わるまで仕事はさせない」
仕事しなくて良いとか考えたら、きっと破門だ。
俺にもそれぐらい分かる。
何日も掛かったらきっと破門だな。
泣きたい気分だ。
ピュアンナに秘策を授かった。
値段早見定規だ。
その作成依頼を出す。
一日でそれはでき上がった。
受けてくれたのはシナグル様。
感謝の言葉しか出て来ない。
今度こそ。
試験で出された溜石を秤で量る。
そして値段早見定規で値段を読み取った。
「おい、これは駄目だ。お前の作品じゃないな」
親方に値段早見定規を取り上げられた。
ピュアンナに愚痴ると、値段早見定規の作り方を教えてくれた。
自作なら問題ないはず、れっきとした技だから。
親方に値段早見定規を作っている所を見られた。
仕事をしているとでも思ったのかな。
「どれ、俺も作ってみよう」
親方も値段早見定規を作った。
でき上がったのは俺のより数段上。
シナグル様の作が一番なのは言うまでもないけど。
俺は未熟なんだなとへこむ。
だけどいつか。
「いいか。急がば回れだ。たとえば山があったとするな。それを登って乗り越えれば早く着く。山を通らないと何日も掛かる。この時山を登るとどうなると思う」
「早くは着かないんですよね。遭難したりして」
「そうだ。楽な道に見えるが危険で遅くなる。急がば回れだ。コツコツと普通の方法でやれ」
「はい、親方」
セイラの所に行くと、セイラが暗い。
「何か失敗した?」
「高いお金出してピーラーという皮むき器を買ったのよ。それで芋を剥いていたら、怒られちゃって」
「どんなことを言われたの」
「楽をするとした分だけ腕が鈍るって。たしかに皮むきを道具に頼ってたら包丁さばきの腕が鈍る」
「俺と似たような失敗だね」
俺の失敗談を話して、二人で笑い合った。
「急がば回れね。覚えたわ。コツコツと普通の方法でやる」
「それが良いみたい」
セイラが作った料理を食べる。
「さあ、私の料理はいくら?」
「銅貨7枚かな」
「ええー、そんなに安いの」
「旨味が足りないし、しょっぱ過ぎる。塩を入れる時に適当にやったでしょ」
「うん、これぐらいかなって。だって料理長はいつも目分量よ」
「量った方が良いよ。早く量るコツがあるはず」
「そういえば、いつも塩をすくうスプーンは同じもの。あれで量っているのね。山盛りだとか、たいらだとか、半分とか」
なるほど基本の技が色々とあるんだな。
それを覚えて普通にコツコツとやる。
たぶんスプーンで秤で量ったような分量を出すのは大変だと思う。
でもコツコツやらないとだな。
急がば回れだな。
基本の技は覚えないといけない。
値段早見定規を使うのは基本の技としてオッケーだったんだろう。
親方なら値段は頭の中に入っている。
値段早見定規を使いながら仕事すれば自然と覚えるのかな。
セイラも料理を作っていくうちにスプーンで量る技を身に着けるのだろうな。
体で覚えるってことなんだと思う。
コツコツと急がば回れで。
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