第86話 心の対価

Side:チルル

「課題を出すぞ」

「はい、親方」

「今から見せる魔道具の複製を作れ」


 見せられた魔道具は灯りの魔道具だった。

 10分間光れば良いらしい。

 どのぐらいの明るさか頭の中にはっきりと記憶した。


 ええと、何から手を付けよう。

 核石を手に入れるのは簡単だ。

 灯りの核石は溢れている。

 一番多い部類の核石だ。


 安く手に入れるために行った核石市は、ゴザの上に無造作に核石が並べられ、機能と値段の札が核石のすぐそばに置かれていた。

 うん、なるべく良い核石は、大きくて線が多くない物だ。

 だけど、そういうのは高い。

 安く上げろとは言われていないけど、きっとそれも採点のうちに入るのだろうな。


 灯りの歌が分かったらなぁ。

 そうしたら魔石の代金で済むのに。

 シナグル様は教えてくれないかな。


 灯りの核石とは関係ないけど、生水と点火の核石がばかに安い。

 なんでだろう。

 聞いてみるか。


「ねぇ、生水と点火の核石が安いのは何で?」

「それか。シナグルがその核石の製法を公開した。で値段が下がった。そのうちもっと下がるだろう」

「ありがとう」


 そんな理由が。

 灯りの核石の製法も公開してくれたらいいのに。

 シナグル様に頼んでみるか。

 頼むのはただだから。

 でも安易に頼むと俺のへの信用が減るかも。

 頼み方次第だよな。


 金はあまり欲しくなさそうだった。

 心の対価を重視すると言われた。

 心を決めてシナグル工房の扉を叩く。


「はいよ」

「失礼します」


 そう言って入った。


「たしか、駆け出し魔道具職人のチルルだったな。何の依頼だ?」

「灯りの核石の製法を公開してほしいです」


「理由は?」

「年寄りは夜、トイレが近くなります。暗くて危ないので、灯りの魔道具で改善して笑顔にしてほしいです」


「自分だけに教えろと言わないのは好感が持てる。その理由も、もっともだ。だが、弱い」

「俺、灯りの核石の製法が公開されたら、毎日30個は作ります。値段が下がってもです。貧しい村にも灯りを灯したい」


「ふん、30個作る魔力はチルルにはないだろう。だがその意欲は買った。良いだろう公開してやる」

「ありがとうございます」


 やった。


「何個、納品したかはピュアンナに聞けばわかるからな。頑張れよ。さぼると次に頼みごとに来ても叶えない」

「はい」


 責任という物が背中に載った気がする。

 でも、なんというか神様から使命を与えられた感じだ。

 俺が言い出したことだから、約束は守る。

 魔道具作りに関して嘘は言わない。

 だって職人だから、これに嘘をついたら俺は駄目になる。


 『ララーララ♪ララ♪ラーラーラ♪ララララ♪ラー♪』という歌を教えて貰った。

 短くて助かる。

 これなら失敗も少ないだろう。


 灯りの核石は2度目で作れた。

 さぁ、後は溜石と導線だ。


 ピュアンナに溜石と導線の話を聞くと計算ができないのを見破られた。

 こうなったら力技だ。

 情報を買う。

 ノギスという道具を借りて、これで溜石と導線の大きさを測れば良いらしい。

 便利な道具があるんだな。

 魔道具ではないけどよく考えられた道具だ。


 道具屋に入る。


「10分光る灯りの魔道具が見たい」

「へい。お待ちを」


 しばらく経って出て来た魔道具の溜石と導線の大きさをノギスで測る。


「お前、同業者じゃないか。思い出したぞ。たしか、オドナリーの所のチルルか」

「やべっ」

「何でこんなことをしたのかは分かる。課題を出されたんだな」

「はい。すみません。溜石と導線と持続時間の計算ができなくて」

「ああ、あれな。俺も苦労したよ。だが今回のことは許せない」


 親方の前に連れて来られた。


「うちの馬鹿弟子がすみません」

「すみません」

「2度とやらなければ許してやるよ」


「ちょっと厳しい罰を与えます」

「ええっ、許すって言ってるって」


 親方に小突かれた。

 ここで何か言うと、本気の拳骨が飛んで来る。

 今までのことで分かっている。


「何でもやります」

「よし、魔道具にしてない核石と溜石を全て磨け」

「はい」


 核石と溜石は導線を接着するから、綺麗に磨かれてないと、すぐに取れてしまう。

 重要な仕事だけど、きつい仕事だ。

 手を抜くと全てやり直しを言われる。

 合格のと不合格のを分けてくれたら楽なのに。

 やるしかないか。

 核石に息を吐き掛け、布で磨き始めた。


 夜遅くまで磨いて合格が貰えた。

 今日のノルマの灯りの核石を作らないと。

 眠気を堪えて核石を作る。

 何度も失敗した。

 明日からは朝に核石を作ろう。


 ぞっとすることにまだ磨く溜石が残っている。

 溜石は核石の何倍もの数がある。


 溜石を全て綺麗にするのに4日も掛かった。

 手の指紋がなくなっているのに気づいた。

 手の皮も薄くなっている。

 手が痛くて堪らない。


 こんなのはこりごりだ。

 計算を覚えるぞ。

 教本を開くが、全然分からない。

 こんなのどうしろと。

 ええと直径に3を掛けると円周になる。

 だから、逆に円周を3で割ると直径になる。

 ええっ、難しいよ。


 体積は三乗って、3回掛け算するの。

 助けてとしか言いようがない。


 体積から直径を求める式なんて立方根だよ。

 なにそれ。

 聞いたことのない言葉だ。

 これも勉強しないといけないの。


 うわっ、こんなの学者並みじゃないか。

 だから、腕の悪い魔道具職人は計算ができないんだな。

 教本にもCランク以上を目指すのなら必須と書いてある。


 ピュアンナさーん。

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