第21章 冷たくない氷

第81話 魔力結晶

Side:マギナ・トゥルース


 あれっ、このパン魔力が入ってる。


「お師匠様、このパン美味しいでしょう。冒険者ギルドで、スイータリアちゃんと、テアちゃんが売っているんです」

「ええ、とっても美味しいわ」


 この真似できない美味しさの秘密は魔力ね。

 スキルなのか、魔法なのかは、分からないけど。


 魔法のパンね。

 気にいったわ。

 毒魔力でもない限り魔力は人体にとって毒ではない。


 毒魔力は謎なのよね。

 毒魔法で作り出されるのだけど、どういう仕組みなのか分からない。

 まだまだ、魔力の謎は多い。


 私は、食事しながら本を開いた。

 ストーンバインドをよく使うのだけど、Sランクモンスターなどには効果が薄い。

 振り解かれるのが確実。

 ソロなら大魔法攻撃で問題ないのだけど、パーティを組んでいると味方を巻き込むから、自然と拘束みたいな魔法が必要になってくる。

 ストーンバインドは地中の石を利用してる。

 なので強度も石の範疇はんちゅうを超えない。


 どうすれば強化できるかしら。

 胸のペンダントを触った。

 オルゴールの魔道具が物悲しくて、どこか懐かしい音色を奏でる。


 パン美味しいわね。


「お師匠様、食べながらの読書は体に良くないですよ」

「そんなデータはない」

「お行儀が良くないし、本が汚れます」

「それは認める。なら、話ながら食事をしましょう。バインドの強化はどうすれば良いと思う?」


「ええと。そうだ、ベーゴマを作ったみたいに、地中から鉄分を抽出して使えば」

「それだと抽出の動作が入る。発動までの時間がかなり長くなる」

「鉄をあらかじめ用意しておけば」

「それは面倒だ。あり得る選択肢ではあるが。ただ鉄を撒いた時点で、それを使った攻撃が来ると安易に予測できる。賢いモンスターだと対策されてしまう」


「お師匠様は意地悪ですね。そんな問題が俺に解ければ、俺は宮廷魔法使いにだってなれる」

「常に考えるの。それが生死を分ける。戦士の筋力トレーニングと一緒。魔法使いは思考を鍛える」

「じゃあ、拘束に空気でも使えば」

「それは斬新な発想ね。空気が堅いというデータはどこから」

「鎌鼬ですよ。指とか斬れるんですよね」

「あれは真空によって傷が付いているに過ぎない」


 しかし、空気か。

 空気が堅くないと誰が決めた。

 水は温めると空気に溶ける。

 だが凍らせると固い。

 どんな寒さでも空気が凍ったという話はない。

 かなり低い温度にならないと凍らないのでしょうね。


 うん、パンが美味い。

 もうひとつ。

 魔力が入ったパンがこれほど美味いとは。


「そう、それよ」

「いきなり何です?」

「魔力は凍るのかしら」

「魔力ですか? 考えたこともないですね」

「考えたことがないイコール斬新よ」


 あれっ、そもそも凍るって何?

 冷たくなれば凍る。

 それは分かる。

 でも何で冷たくなれば凍るの。

 原理が分からない。

 凍る真理が知りたい。


 食事を急いで終えた。

 出かける準備をしないと。


「お師匠様、またあの男の所に行くのですね」

「ええ、凍る真理を知りたいの」

「悔しいけど、俺には凍る真理なんか分からない」


 シナグル工房に行くとシナグルは普段通りに仕事してた。

 魔道具のがわを作る作業のようね。

 がわを作るのは時間が掛かる。


 大人しく待っていると、シナグルの仕事が終わった。


「魔道具の注文か?」

「いいえ、凍るってどういうことか知りたいの」

「魔道具の注文にしてくれよ」

「では、魔力を凍らせたい」


「魔力って凍るのか?」

「分からないわ。だから凍るという原理が知りたいと思ったわけ」


「じゃあ、説明してやるよ。凍るってことは、原子同士が手を繋いでいる状態だ。イメージするとしたら、人間は動いている時は、大抵は手を繋がないよな。この自由に動くのが気体や液体だ。固体は手を繋いだ状態なわけ」

「熱は関係ないの」

「さっきのイメージだと、人間が速く動くと熱を持っている状態。遅いと熱が少ない状態だ。動かないと団子になり易いだろ。手を繋いだままで速く動けないよな。速く動こうとすれば繋いだ手が解ける。実際はちょっと違うが、まあこんなイメージだ」

「そうなると。魔力を凍らせるのは、魔力の活動を抑えれば良いと」

「まあそうだな」


 魔力は想いに応えてくれる物質だ。

 活動を抑えて、手を繋いでと念じれば良い。

 空気中にキラキラする物が混じった。

 できた。

 魔力が凍った。


「バインド」


 氷のような結晶が蔓みたいに伸びる。

 触ってみた。

 硬いけどどれだけ硬いか分からない。


「なぜダイヤモンドがあんなに硬いか知っているか?」

「知らないわ」

「手を繋ぐ本数が多いのと四方八方全部繋いでるからだ」


 炭素は6つの腕があるのね。

 魔力も繋ぐ本数を増やせば。

 それこそ100本ぐらいに。


「バインド。ヤルダー、そこの金づちで思いっ切り叩いてみて」

「はい」


 ヤルダーがバインドの蔦を叩く。

 澄んだ音がした。

 鉄並みには硬いみたいね。

 ダイヤの指輪で引っ掻いてみる。

 傷が付かないということはダイヤ並みかそれ以上ってことよね。


 この魔力結晶、練った魔力をぶつけると簡単に溶けることが分かった。

 氷に熱湯を掛けるようなものね。


 魔力を解くには魔法をぶつけるか、練った魔力を放出しないといけない。

 これは結構の隙になる。

 前衛の戦士が、一撃を加えることができるぐらいの。

 この魔法はきっと無属性魔法ね。


「【無属性魔法】魔力結晶バインド」


 宝石みたいな、魔力の拘束蔦ができ上がった。

 うん、考察通り。

 ペンダントの魔道具オルゴールを起動すると。

 優しい音色が工房に響いた。

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